果てなき恋のバラード  第十八章


「ブーレーダーっ!なあ、何怒ってんだよ!」
 幾ら考えてもブレダを怒らせる理由が思いつかず、ハボックはメリットデメリットを勘案した結果、直接理由を尋ねる事にした。スタスタと廊下を歩いていくブレダに並んで歩きながら問いかけるがブレダからの返答は一向にない。流石のハボックも苛々としてブレダの肩を掴んで引き留めた。
「ブレダ!」
 ブレダという男は決して気分屋でも自己中心的な男でもない。そのブレダがこんな風に自分に怒りを向ける理由が判らず、ハボックはブレダを睨んだ。
「言いたい事があるならはっきり言えばいいだろっ!そんな態度とるなんて、らしくない、ブレダ!」
 空色の瞳に苛立ちを滲ませて言うハボックにブレダは僅かに目を瞠る。それからハアとため息をついた。
「わりぃ……。お前が悪いわけじゃないってのは判ってんだ」
「ブレダ?」
 眉間に指先を当ててそう呟くブレダをハボックが心配そうに呼ぶ。
(大佐の気持ちに気づかないからってハボックが悪い訳じゃない)
 多少ニブイところがあるとは言え、結局は人の想いなど口にしなければ判らないものであるに違いない。ブレダは自分を見つめてくるハボックを見返して言った。
「お前には悪いとこなんてないよ、ハボ。ただ俺が勝手に苛々してただけだ」
(だってあんまり可哀想だろ、あんなに一途に想ってるのに)
 伝える気がないとロイは言ったが、それでもやはりあんな様子を見れば叶わずとも気づいてやって欲しいと思う。
「……あのさ、なんかあるなら言ってくれよ。ブレダの方がオレよりずっと気がつくし」
「ハボック」
 そう言われても外野がとやかく言うべき話ではない。
「いや、俺が何か言うような話じゃねぇし。ただ、少しだけお前の側にいる人の事に気を配ってくれよ」
「……うん、判った」
 今一つ腑に落ちないと言った顔をしながらも頷くハボックに、ロイの想いが届けばいいと願わずにはいられないブレダだった。


 執務室でいつも通りに書類をめくっていたロイは不意にその手を止める。そうすれば浮かんできたのは夕べブレダと交わした言葉だった。
『大佐の様子が変だって言ってました。もっともその理由が何かなんてこれっぽっちも判っちゃいなかったですけど』
 自分の想いに気づかれてはいけないと思っていたし、気づかなければいいと思っていた。だが、実際にハボックがこれっぽっちも気づいていないと知らされれば切なくて胸が張り裂けそうになる。
「馬鹿か、私は」
 気づかれれば気まずくなるのは判りきっている。ハボックが自分の想いを受け入れることなどありはしないのだから。だったらこのまま何も言わずにハボックの側にいられる方がいい。例え決して届かぬ想いを抱いて、苦しくてたまらないとしても。
「…………」
 ロイは窓の外に広がる綺麗な空を見上げる。そうしてキュッと唇を噛むと再び書類に視線を戻したのだった。


「大佐、先日の爆弾事件の件ですが」
 ノックの音に答えればホークアイが執務室に入ってきて言う。ロイはペンを置くとホークアイを見上げて尋ねた。
「何か判ったのか?」
 そう聞かれてホークアイは頷きながら手にした資料をロイに差し出す。手を伸ばして受け取るロイを見ながら口を開いた。
「ガーランドの同僚にマイケル・チャンという男がいます。チャンの兄、ジェラルド・チャンはテロリストの依頼を受けて爆弾を製造した罪で服役中でしたが最近病死したそうです。そしてテロリストのアジトにいたジェラルドを拘束したのがマスタング大佐、貴方です」
 その言葉にロイは目を瞠る。記憶を辿って数年前にイーストシティを騒がせた爆弾を多用したテロリストの一味がいた事を思い出した。
「ハボック達を呼んでくれ。一緒に話を聞いた方が早そうだ」
 これからの事を考えてロイが言う。それに頷いてホークアイは一度執務室から出ていくと、少ししてハボック、ブレダ、ファルマンとフュリーを連れて戻ってきた。皆が揃うとロイは今ホークアイが伝えた話を繰り返す。それからホークアイを見て尋ねた。
「それで、チャンは今どこにいるんだ?」
「一週間程前から体調不良を理由に欠勤しています。住んでいる筈のアパートを尋ねてみましたがもぬけの殻でした」
 それを聞いてロイは僅かに眉を寄せる。ロイの机の上から資料を取り上げて目を通していたハボックがそれをブレダに回しながら言った。
「それって兄貴が死んだのは大佐のせいだってチャンが思ってるって事っスか?」
「そう言うことだろうな。私に捕まることがなければ獄中で死ぬこともなかったと言いたいんだろう」
「全くの逆恨みじゃないっスか」
「そうですよ。そもそも爆弾なんて作った方が悪いのに」
 思い切り顔を顰めて言うハボックに続いてフュリーも言う。だが、ロイは肩を竦めて大したことのないように言った。
「人の心理なんてそんなものだろう」
「だからって逆恨みで爆弾テロなんて起こされたらかないませんよ。しかも他人を使って爆弾仕掛けるなんて」
 心底不愉快そうに言うハボックにロイは思わず笑みを浮かべる。ハボックの真っ直ぐな気性が好きなのだと思いながらロイは言った。
「とにかく一刻も早くチャンの行方を探し出すぞ。このままにしておけばまたどこかに爆弾を仕掛けかねない」
「「イエッサー!」」
 ロイの言葉に全員が一斉に敬礼を返す。瞬く間に分担を割り当てて執務室を飛び出していく部下達に続いてロイも出ていこうとすれば、ハボックが振り向いて言った。
「大佐はここで待ってて下さい」
「だがチャンの目的は私だろう?」
「あの時実際にチャンを取り押さえたのはオレっスよ」
 チャンがあんな事件を起こしたのは自分のせいだと言わんばかりのロイにハボックは言う。
「手足のオレ達より頭のアンタが目立っただけっス。大佐は余計なこと考えてないでもっと大事な事だけ考えてて下さい。それ以外はオレ達に任せといて、ね?」
 ハボックはそう言ってニッと笑うとロイの髪をポンポンと叩く。
「フュリー、大佐と留守番よろしく!」
「はい、少尉!」
「じゃあ大佐、フュリーと一緒に待ってて下さい」
 もう一度ロイの頭をポンと叩いて、ハボックは執務室を飛び出して行った。


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