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| 果てなき恋のバラード 第十七章 |
| 「うわっ」 ぐちゅぐちゅと皿の上で潰していたトマトが不意に跳ねて、ロイの顔に飛ぶ。驚いたロイの声にブレダはハッとしてナフキンに手を伸ばした。 「大佐」 これ、と言って差し出されたナフキンを受け取って、ロイはもごもごと礼を言う。チラリと視線を上げれば自分を見つめるブレダと目があって、ロイは慌てて視線を落とした。 (どうしよう、変に思われてるかも) いくら不意をつかれて慌てたとは言え、極普通に答えれば良かったのだ。「ハボックと?別に何もないが」と答えてさりげなく他の話題に移ってしまえばよかったのだ。それなのにあの受け答えでは「何かあった」と言ってしまっているようなものだ。もっとも実際には「何も」ありはしないのだが、ロイのハボックへの恋心以外は。 「は…はは、子供みたいだな、こんなトマトなんて飛ばして」 ロイは無理矢理に笑って言うと、見るも無惨にぐちゃぐちゃになったトマトが載った皿を押しやる。店員を呼んでウィスキーを頼み、出てきたグラスをゴクゴクと飲んだ。その間ブレダからは微妙に視線を外していたが、逆にブレダからのじっと見つめる視線を感じる。次に何を言えばいいのか、「ハボックとなんだって?」と問い返すのか、はたまた全く違う話題を口にするのか、ロイが悩んでいるとブレダが言った。 「アイツはいい奴ですけど、もの凄いニブチンですからはっきり言わないと通じないですよ、大佐」 「えっ?!」 「好きなんでしょう、ハボのこと」 ズバリ核心を突かれてロイは口をパクパクとさせる。否定の言葉を言わなければと思えば思うほど、口の中がカラカラに乾いて言葉が出てこなかった。 「べっ、別に私はっ」 「この間ハボと飲みに行ったんですけど」 と、なんとか否定しようとするロイの言葉を遮るようにブレダが言う。 「大佐の様子が変だって言ってました。もっともその理由が何かなんてこれっぽっちも判っちゃいなかったですけど」 そう言われてロイは目を見開いて口を閉ざす。暫くそうしてブレダを見つめていたが、やがて視線を落として言った。 「ハボックを好きだなんて、男のくせに気持ち悪いと思ってるだろう、少尉」 「んー、いや、アイツ昔っから女にも男にもモテましたからね。びっくりはしましたが気持ち悪いとは思いませんよ。誰を好きになるかなんてのはその人の自由だし、それをどうこう言う気もありません」 「少尉……」 思いがけない言葉にロイは驚いてブレダを見つめる。ブレダはそんなロイにニヤリと笑い返して言った。 「まあ、ちょっと意外でしたけどね。大佐は女の子が好きだと思ってましたし」 「自分でもどうしてだかよく判らないんだ」 ロイはそう言って手の中のグラスを見つめる。 「今まで男を好きになった事なんてなかった。ハボックの事だって最初はそんな対象として見ていた訳じゃないんだ。でも、気がついたら好きになってた」 囁くようにそう言うロイの声は切なくて、ハボックへの気持ちが本気だと知れる。なんと言葉を返していいのか判らず、ブレダが黙っているとロイが続けた。 「まあ……打ち明ける気もないから…。ハボックが気づかないならそれでいい」 「打ち明けないんですか?」 ロイの言葉に驚いてブレダが言う。その声にロイは顔を上げて言った。 「打ち明けてどうすると言うんだ?ハボックは女性が好きなんだろう?それもグラマラスな女性らしい女性が好きだ」 違うか?と尋ねられればブレダにはそうだと答えるしかない。軍に入って男女の比率が偏った事もありハボックが男から好意を寄せられる機会も増えたが、ハボックが女性を好きな事は相変わらず変わりなかった。 「そうですね、確かにハボは女の子が好きだし、大佐はどっからどうみても男ですし」 「だろう?はなから望みがないなら言わない方がいい」 そう言って笑うロイの笑顔が痛々しい。 「でも、辛いんじゃないですか?」 なんと言ってもハボックはロイの護衛官であり毎日毎日極身近で接するのだ。恋心を抱いた相手がそんな近くにいたら自分だったら辛くてたまらないだろう。 「どうしても耐えられなくなったらその時はハボックを手放すさ」 軍人として優秀な部下を手放さなければならないとしたら、それはロイにとって大きな痛手に違いない。それでも手放すしか方法がないほどのロイの想いは如何ほどのものか。 「大佐」 ブレダは泣き出しそうなロイの笑顔を見つめながら、ロイの気持ちに気づかなければよかったと心底思ったのだった。 「おはよー、ブレダ。今日も暑いな」 司令室の扉が開く音と共にハボックの能天気な声が聞こえる。ブレダが机に肘をついた手に顎を預けたまま視線を向ければ、ハボックが大きな欠伸をするのが見えた。 「ふああああ……」 喉ちんこが見えそうなほど大きく口を開いて欠伸をするハボックにブレダは眉を寄せる。ハボックは自分を見つめるブレダの表情に気づいて、不思議そうに見つめ返した。 「何だよ、ブレダ。オレ、なんかした?」 不機嫌そうな友人にハボックは首を傾げる。ブレダの不機嫌の理由など全く想像もつかないのであろうハボックにブレダは言った。 「お前はいつでもお気楽そうだな」 「へ?」 ブレダの言葉にきょとんとするハボックにそれ以上何か言うことなく、ブレダは立ち上がると司令室を出ていってしまう。その背を見送ってハボックはハテナマークを顔に張り付けて首を捻った。 「なに?オレ、ブレダを怒らせるような事、したっけ?」 人の事はそれなりに気が回るようでいて自分が絡んでくるとからきしダメなことはよく判っている。デリカシーに欠けると彼女に言われる一方で、自分には関係のない事であれば上司や友人の事には必要以上に気づいたりするからややこしくなるのだ。 「なんだろう」 ブレダに対してなにかした覚えはない。だが、あれはどうみても自分に対して腹を立てているようにしか見えず、ハボックはどうにも判らない理由に首を捻るしかなかった。 「参ったな」 ブレダを怒らせるのは色んな面でマイナス面が大きい。ハボックがどうしようかとため息をついた時、ガチャリと扉が開いてロイが入ってきた。 「あ、おはようございます、大佐」 ハボックは黒髪の上司を見つめてにっこりと言う。そんなハボックをロイは何も答えずにじっと見つめた。 「……?あの…大佐?」 じっと見つめてくる視線に耐えかねて、ハボックが困ったようにロイを呼べばロイの体がピクリと震える。 「…ああ、おはよう、ハボック」 ロイは呟くようにそう言うと執務室へと入ってしまった。 「……なんなんだよ、二人とも」 二人の態度の理由が判らず、ハボックはそう呟いたのだった。 |
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