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| 果てなき恋のバラード 第十四章 |
| 「あー、食った食った」 「飲んだ、飲んだ」 ハボックが腹を撫でながら言えばブレダが満足のため息を零す。ちょっとひっかけるつもりが気がつけば結構な時間になっていた。 「んじゃまた明日な」 「おう、寝坊すんなよ」 曲がり角でじゃあなと手を振りあって、ハボックはブレダと別れて歩いていく。適度に酔いの回った体に昼の熱気が残る空気がじめじめとまとわりついて、ハボックは手の甲で首筋を拭った。 「ふあーあ」 ハボックはコキコキと首を鳴らして欠伸をする。腹がくちくなれば自然と瞼が重くなって、さっさとアパートに戻ってシャワーを浴びて寝てしまおうと思ったハボックは、ふと頭を掠めた顔に足を止めた。 「そういやメシ食ったんかね、あの人」 そう呟くハボックの脳裏に浮かぶのは黒髪黒目の上司だ。今日一日のロイの様子を思い出せばハボックの口元に面白がるような笑みが浮かんだ。 「ホント隣の猫みてぇ」 自分に興味があるのか遠巻きに見つめるくせにこっちから近づけば飛び上がって逃げていく。ロイのワタワタと落ち着かない様子が逃げていく猫の姿にそっくりで、ハボックは笑みを深めた。 「でも、ブレダにはそんなことないって言ってたよな」 ブレダと自分で特に立場が違うわけでも接し方が違うわけでもない。 「なんでかなぁ」 気がつけば自分を見ているところまで猫にそっくりだ。だがわざわざその理由を聞くのもおかしなもので、ハボックはプカリと煙草の煙を吐き出した。 「メシ……持ってくには遅い時間だよな」 何となく気にはなったもののそこまで面倒を見る義理はない。ハボックは肩を竦めてそう結論づけるとアパートに向かって歩きだした。 ロイはカーテンの隙間から注ぐ朝日にゆっくりと目をあける。ベッドの上に体を起こしてハアとため息をついた。 あの後も夢見が悪くてなんだか休んだ気がしない。それでも熱は下がったようで、ハボックへの想いを持て余して悩んでいるようでも実際のところは大したことではないのかもしれないと、ロイは唇を歪めた。緩く首を振ってロイはベッドから足を下ろす。歩きながらパジャマを脱ぎ捨てシャワールームに入ると温めのシャワーを浴びた。シャワーの滴が当たるのにつれて頭もシャンとしてくる。そうすればざわざわと漣だっていた気持ちも落ち着いてきて、ロイは両手で頬をパンと叩いた。 「よし……大丈夫だ」 今日はもうみっともない真似を晒すことはすまい、そう思いながらシャワーを止め、シャワールームを出たロイの耳に。 「おはようございまーす!ハボックっス!」 元気のよいハボックの声が飛び込んできたのだった。 「……返事ねぇな。もしかしてまだ具合悪いのか?」 昨日、司令室保管用のロイの官舎の鍵をポケットに入れたままだったのを思い出したハボックは、せっかく持ち帰ったことだしとロイの様子を覗きにくることにした。鍵を開けて中に向かって声をかけたものの返事が返ってくるようすがない。ハボックは行きがけに買い込んだパンやら果物やらが入った紙袋をキッチンに置くと、階段を上って寝室へと向かった。 「たいさ…?おはようございますー」 そっと扉を押し開き声をかける。やはり返事がないことに眉を顰めてハボックは寝室の中に入った。 「大佐?」 ベッドを見るがロイの姿はない。どこに行ったんだと部屋の中を見回したハボックは床に投げ出された布を拾い上げた。 「パジャマ?」 首を傾げて視線を巡らせればシャワールームの扉が目に入る。ハボックはパジャマを手にしたまま部屋を横切り扉のノブに手をかけた。 「大佐?ハボックっスけど、大丈夫っスか?」 そう言いながらハボックはシャワールームの扉を押し開いた。 「な……なん…ッ」 突然聞こえてきたハボックの声にロイは仰天しておろおろと視線をさまよわせる。シャワーを浴びて気持ちを立て直したと思ったのも束の間、ロイはどうしていいのか判らずタオルを手にうろうろと歩き回った。一人暮らしの気安さで、着替えを用意していない。 「どう…っ、どうしようっ」 ハボックは階下にいるのだから急いで服を着てしまえばいいのだと言うことに漸く思い至って、ロイがシャワールームから出ようとした時。 「たいさ…?おはようございますー」 カチャリと扉が開く音と共にハボックの声が聞こえる。声もなく飛び上がったロイはよたよたと後ずさった。耳をそばだてればハボックが中に入ってくる気配がする。タオルを手に壁に張り付いて凝視する先で扉のノブがゆっくりと回ったのと同時にハボックの声が聞こえた。 「大佐?ハボックっスけど、大丈夫っスか?」 そう言ったハボックがひょこっと顔を覗かせる。その空色の瞳がロイを認めたのとロイの口から悲鳴が上がったのが同時だった。 「わあああッッ!!」 「えっ?!」 突然上がった悲鳴にハボックは目を丸くする。シャワールームの脱衣所でタオルを抱え込んでしゃがみ込むロイを見下ろして言った。 「すんません、驚かせちゃいました?全然返事がないから具合悪くなったのかと心配になったもんで」 ハボックはそう言いながら申し訳なさそうにポリポリと頭を掻く。そんなハボックを見上げてロイはタオルをギュッと抱き締めて身を縮めながら言った。 「なんでお前がここにいるんダッ?!」 来てくれと言った覚えもなければ来ると聞いた記憶もない。すっかりと裏返った声で尋ねればハボックが答えた。 「昨日司令部に鍵戻すの忘れちまったんスよ。持ってるんだしせっかくだから覗いていこうかなって」 ハボックはそう言って蹲るロイを見下ろす。いつまでもそうして蹲っているロイに首を傾げた。 「なにしてるんスか?大佐。いくら暑い時だからっていつまでもそんな格好してたら風邪ひくっスよ?」 悪びれる様子もなくハボックはそう言う。ロイはキュッと唇を噛むと赤い顔でハボックを睨み上げた。 「お前がそこにいたんじゃ着替えられん」 「え?ああ。別に男同士なんだから気にしなくてもいいのに。小隊の連中なんてシャワールームじゃみんなスッポンポンっスよ」 そう言いつつもハボックは扉から顔を引っ込める。 「調子は悪くなさそうっスね。メシの支度してますから着替えたら下りてきて下さい」 そう言い残してハボックは寝室から出ていった。パタンと扉が閉まると同時にロイの体からドッと力が抜ける。 「なんでこんな時に来るんだ…っ」 ロイは泣きそうにくしゃくしゃと顔を歪めて手にしたタオルを扉に投げつけた。 |
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