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| 果てなき恋のバラード 第十三章 |
| 「本当に一人で大丈夫っスか?」 何度も繰り返して聞いてくるハボックにロイは思い切り顔を顰める。 「大丈夫だと言ってるだろう。子供じゃないんだから自分でどうにか出来る」 (いいからもう、一人にしてくれ) 声には出さずに懇願してロイはブランケットに潜り込んでしまう。ハボックはハアとため息をついてブランケットの中のロイに向かって言った。 「じゃあ、帰るっスけど、何かあったら遠慮なく電話してくださいね。無理して悪くなったら困るんスから」 そう言うハボックにロイは益々ブランケットに潜り込む。そんなロイにもう一つため息をついてハボックは寝室を出ていった。少しして玄関が閉まる音が聞こえてロイは潜り込んでいたブランケットから顔を出す。ギュッとブランケットの端を握り締めてため息をついた。 (なんてみっともないんだろう……) 今日一日の事を思い返せば恥ずかしくて死にたくなる事ばかりだ。ハボックは面倒見がいいからああして最後まで付き合ってくれたが、きっと内心はなんて手間のかかる上司だと呆れているに違いないとロイは思った。 (どうしてこんなに好きなんだろう) ハボックが側にいるとそれだけで落ち着かない。世の中のなにもかもが色褪せて暖かい蜂蜜色の金と雲一つない空色だけに埋め尽くされてしまう。ハボックの一挙手一投足が全部目の端から入ってきて気もそぞろになってしまうのだ。 (今までだって好きになった人はいたのに) それでもこれほどに心の全てを埋め尽くすほど好きになった相手はいなかった。 (ハボック……) 恋しい人の名を切なく呟いてロイはブランケットをギュッと抱き締めたのだった。 そのままロイはいつしかうつらうつらとし始める。夢と現の狭間で揺蕩えば幾つもの幻が浮かんでは消えていった。気がつけばロイはいつかの夢で来た荒野に立っていた。ロイの鼻先を掠めて一匹のアゲハ蝶が飛んでいく。その黄と青の紋様が浮かぶ羽に咄嗟に手を伸ばして足を踏み出したロイは、不意に地面に出来た穴に吸い込まれるように落ちていった。 「……ッッ!!」 ガバッとベッドの上でロイは跳ね起きる。自分がいるのがなにもない荒野などではなくて自分の家だと気づいてホッと息を吐いた。 「手に入れたいなどと望んではいけないと言うことか……」 夢の示唆するところを察してロイはそう呟く。ロイはベッドの上で小さく小さく縮こまってギュッと膝を抱え込んだ。 「ただいま戻りましたぁ」 そう言いながら司令室に入れば中にいた面々が一斉にハボックを見る。ハボックがその中のホークアイに近づけば鳶色の瞳がハボックを見上げた。 「ごくろうさま、大佐の具合はどう?」 「まだちょっと熱があるっスけど、そんなに高くないし、本人も大丈夫だって言ってるから明日にはよくなるんじゃないっスかね。医務室の先生もそんな心配ないようなこと言ってたし」 「そう、それならいいのだけど」 ホークアイはそう聞いて安心したように笑みを浮かべる。頷いてみせれば席に戻っていくハボックの背を見つめていたホークアイは、立ち上がると執務室に入っていった。一応先ほど特に急ぐ書類だけは余所へ回したものの、見落としがないか念のためチェックする。他に急ぐものがないと判るとホークアイは明日のために書類を綺麗に積み直した。 「それにしても珍しいこと」 軍人としては細身とはいえ、ロイもきちんと鍛えているし健康管理もしているはずだ。こんな風に調子を崩すのはこれまで見たことがなく、ホークアイはハボックの腕に抱かれたロイの真っ赤に染まった顔を思い出して首を傾げた。 「まさかね……」 あれは単に部下に抱っこで運ばれる事に一人前の男として恥ずかしかっただけだろうと結論づけて、ホークアイは執務室の灯りを落として出ていったのだった。 「おう、ハボ。帰りにちょっとひっかけていかねぇ?」 「んー、そうだな」 言ってグラスを呷る仕草をするブレダにハボックは一瞬悩んだものの頷く。二人は夜勤のファルマンに声をかけると並んで司令部を後にした。 日はもうすっかり暮れたというのに暑さは昼間と大差ない。ハボックとブレダは行きつけの酒場に入るとまずはビールを注文し、ジョッキをカチンとあわせて一気に飲み干した。 「あー、やっぱこの時期のビールは最高だな」 「暑いのはイヤだけどビールを飲むときだけは暑くなきゃって思うよな」 そんな言葉を交わしながら二杯目のジョッキを注文する。他にも芋やらサラダやら次々と注文した二人は、今度はゆっくりと食べながらビールを飲んだ。 「それにしても大佐はどうしたんかね。大佐じゃ知恵熱ってこともねぇだろうしな」 ブレダが豆を摘みながら言う。ハボックはロイの顔を思い出して首を捻った。 「なんかさ、最近の大佐ってワタワタと落ち着かなくねぇ?」 「そうかぁ?そんなことないと思うけど」 同意を得られずハボックは眉を寄せる。何か声をかけたりする度飛び上がるのはやはり落ち着かないというのではないかと、ハボックはブレダに言った。 「俺と話す時はそんなことねぇけど」 「え?なに、オレ限定?」 そう言われてハボックは益々眉間の皺を深くする。子供の頃苛められていた友達をかばって年上の少年を叩きのめしてしまった時、その後はその少年とすれ違う度ビクつかれた事があったがロイにはそんな話は当てはまるはずもなく、ハボックは益々首を傾げた。 「オレ、大佐になんかしたかなぁ」 特に思い当たる節もなく考え込むハボックにブレダが言った。 「たまたまじゃねぇの?気にすることないって」 ブレダはそう言い切って近くを通りかかったウェイターにビールのおかわりを頼む。その後は自然と話が他へと移り、ロイのことはうやむやになってしまった。 |
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