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| 果てなき恋のバラード 第十二章 |
| 「はあ……なんかかえって疲れた気がする……」 ハボックが医務室を出ていくなりロイが呟けば、それを聞き止めた軍医が言った。 「少尉が戻ってくるまで横になってたらいいですよ、大佐」 「え?……ああ、じゃあそうさせて貰うよ、先生」 言われた言葉に頷いてロイはもそもそとブランケットに潜り込む。はあ、とため息をついて目を閉じれば瞼の裏にハボックの姿が浮かんだ。 (大体大袈裟なんだ、アイツは) そもそもそんなに具合が悪かったわけではないのだ。それなのにハボックがやたらと騒ぎ立てるからいけないんだと、ロイは内心ハボックを罵る。ブツブツと胸の内で文句を言い続けていればいつしか眠りを誘われて、ロイはうとうとと微睡み始めた。 「お待たせしましたぁ」 ガチャリと医務室の扉を開けて中に入れば書き物をしていたらしい軍医が顔を上げる。それににこりと笑ってハボックはカーテンが引かれたベッドを覗き込んだ。 「大佐?」 ブランケットから黒髪のてっぺんだけ出しているロイに声をかけるが返事がない。首を傾げて見下ろしたハボックはそっとブランケットの端を摘んで持ち上げた。 「大佐…?ホントに寝てるんスか?」 そう囁いてロイの顔を覗き込む。 (あ、大佐って睫なげぇ) 間近で覗き込んたハボックがそう思った時、ロイのその長い睫が揺れた。ゆっくりと瞼が開いていくのを見つめてれば現れた黒曜石がハボックをぼんやりと見つめる。 「え、と……大佐?」 潤んだ瞳で見つめられてハボックが困ったようにロイを呼んだ瞬間、ぼんやりとしていた瞳がパッと大きく見開いた。 「な……ッ?!」 「あ、起きた……と、危な───」 バッと飛び上がるように体を起こしたロイの後ろが壁だと気づいたハボックが手を伸ばす間もなく。 ゴンッ!! 「ッッ!!〜〜〜ッッ!っうッッ!!」 強かに後頭部を壁に打ちつけたロイが頭を抱えてベッドに蹲る。 「大丈夫っスかっ?たいさっ?」 もの凄い音と素っ頓狂なハボックの声に軍医が顔を覗かせた。 「どうしたんだね?」 「あ、先生、大佐が頭を壁に思いっきり」 ベッドに蹲るロイにおろおろと手を伸ばすハボックが振り向いて言う。ハボックが場所を譲れば、後頭部を抱え込むロイの手をどかせて軍医が髪を分けてぶつけた場所を調べた。 「ああ、こぶになってきてるよ」 「痛い……」 呆れたような軍医の声にロイがぼそりと呟く。軍医は立ち上がると保冷庫から冷却パッドを取り出してハボックに渡した。 「大したこぶじゃなさそうだからそれでしばらく冷やせば腫れも引くと思うが……。少し休んで吐き気とか目眩がしなければ帰ってもいいですよ」 「はい、ほら、大佐。頭!」 ハボックはパッドを受け取ってロイに手を伸ばす。自分でと壁に張り付くロイをグイと引き寄せると、ハボックはベッドに腰掛け己の脚にロイの頭を載っけて後頭部にパッドを当てた。 「もう、ごちゃごちゃ言わねぇの。これ以上調子悪くなったらどうするんスか」 「えっ?あ、で、でもッ」 なんとかもがいて体を起こそうとするロイにハボックはズイと顔を近づける。 「大佐、いい子にしてください」 「ッッ」 空色の瞳で「メッ」と睨まれてロイはウッと黙り込んだ。ちらりとハボックを見上げれば今度は優しく頷いてみせるハボックに、ロイは仕方なしに体を預けて目を閉じる。 (もう……なんだか滅茶苦茶だ。心臓が止まったらどうしてくれる) 目を閉じてため息をついたロイはドキドキと高鳴る胸の鼓動を聞かれやしないかと胸をそっと押さえた。それでも優しく背中を撫でる手に、ロイは再び眠りの淵へと落ちてしまったのだった。 「大佐?……先生、大佐、寝ちまったんスけど」 気がつけばいつの間にかスウスウと寝息をたてているロイに、ハボックは小さな声で軍医を呼ぶ。そうすれば近づいてきた軍医がそっと冷却パッドを外してこぶの具合を確認して言った。 「こぶは大丈夫のようだね。疲れてるみたいだからそのまま連れて帰ってあげたら」 「そうっスね」 ハボックは軍医の言葉に頷いてロイをそっと抱き上げる。軍医がロイの靴と上着を袋に入れてくれたのを受け取って医務室を出た。そのまま建物の外へ出ると警備兵の運転する車に乗ってロイの家へと向かった。 ぱふんと耳元で微かな音がして、ロイはゆっくりと目を開ける。見上げているのが自宅の天井だと判ってロイはそっと体を起こした。 「あ、起こしちゃったっスか?なるべくそっと寝かしたつもりだったんスけど」 その途端聞こえてきた声の方を見れば、ハボックがロイの軍服をハンガーにかけているところだった。 「大佐、こぶ冷やしてる間に寝ちまったからそのまま連れて来ちまったんスよ」 ハボックはそう言って近づいてくるとロイの額にコツンと己の額を当てる。 「まだ熱あるっスね。喉乾いたっしょ?今何か飲むもの持ってきますから」 そう言って寝室を出ていくハボックをロイは物も言わずに見送ったが、パタンと扉が閉まるとそのままベッドに仰向けに倒れ込む。そうすれば執務室からこっちの出来事が思い出されてロイはカアアッと顔を染めた。 「どうしてこんな事に……」 熱があると執務室から抱っこで医務室まで運ばれた。ハボックを待つ間転た寝してしまった自分を覗き込む空色の瞳に仰天して飛び起きれば強かに後頭部を壁にぶつけ、出来てしまったこぶを冷やすためにハボックの膝枕で横になればそのまま寝入ってしまった。その上今度は寝入ったまま家まで運ばれてしまったらしい。 「きっと呆れられてる……」 あり得ない展開は興奮や驚愕よりもショックが大きくてロイはそっとため息をつく。自分が酷く情けなくて滲んでくる涙を手の甲でこすった時、寝室の扉が開いてハボックが戻ってきた。慌ててブランケットに潜り込めば、ハボックがグラスの載ったトレイをベッド脇のテーブルに置く。 「大佐?勝手に戸棚ん中探っちまったっスけど。ハーブティー淹れたっス」 そう言われてロイはブランケットから顔を出す。肘をついて身を起こすとハボックからグラスを受け取って口をつけた。 「おいしい……」 爽やかなハーブの香りが熱を奪い去っていくようだ。思わずそう呟けばハボックがにっこりと笑う。 「よかった。多めに作って冷蔵庫で冷やしてあるっスから」 そう言うハボックの笑顔をロイはじっと見つめた。 (ああ、やっぱり好きだ……) 「大佐?」 不意に沸き上がる恋情を言葉にすることも出来ず、ロイは視線を落としてそっとグラスに口をつけた。 |
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