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| 果てなき恋のバラード 第十章 |
| カーテンの隙間から差し込む光にロイは僅かに眉を寄せる。ゆっくりと目を開ければ差し込む光が目に入って、ロイは窓に背を向けてブランケットに潜り込んだ。 夕べは結局なかなか寝付けなかった。眠ろうと思えば思うほど、ハボックと交わしたたわいもない会話が次から次へと脳裏に浮かび、ドキドキと心臓が高鳴って眠れなくなってしまったのだ。明け方近くになって漸く眠ったものの、眠りは酷く浅くて徹夜明けより疲れているような状況だった。 「参った……」 ロイはそう呟いて枕元の時計を引き込む。針が指す数字を見ればもう起きなければ間に合わなくなる時刻で、ロイは渋々とブランケットから這い出た。 「頭が痛い……」 寝不足のせいだろうか、頭がズキズキと痛い。これでは折角気を遣って食事の世話までして早く休ませてくれようとしたハボックの好意を無駄にしてしまうようで、ロイは頭を振って痛みを追いやるとベッドから足を下ろしゆっくりと立ち上がった。 「早く支度しないと」 そう思うものの立ち上がったせいで余計に頭痛が酷くなったような気がする。眉間を指で揉んでいたロイは、シャワーを浴びれば少しはシャンとするかもと、のろのろとシャワールームに向かった。 パジャマを脱いでぬるめに出したシャワーを浴びる。シャワーの滴一粒一粒が肌に当たるのを妙にくっきりと感じてしまい、ロイは慌ててシャワーを止めて外へ出ると拭くのもそこそこに服を着込んだ。手すりに掴まるようにして階段を下りキッチンに向かう。何か食べた方がいいのだろうと思いつつ、結局ミルクを一口飲んだだけでダイニングの椅子に座り込んだ。さほど待つことなしに車の音がして警備兵が運転する車が迎えにくる。ロイは一つため息をついて立ち上がるとのろのろと車に乗り込み司令部へと向かったのだった。 「おはようございます、大佐」 司令室の扉を開ければ今日も元気な曹長の声がロイを迎える。いつもなら爽やかに聞こえるその声も頭痛を抱えた身としてはただ喧しいだけで、ロイはひきつった笑みを浮かべて返事を返した。ハボックはどうしたろうと席を見ればどうやらまだ来ていないらしい。半ばホッとしたため息をそっと零して、ロイは執務室に入り椅子に腰を下ろした。 「参ったな、薬を飲んでくればよかった……」 食欲がなくて何も口にする気になれなかったから薬のことなど頭に浮かばなかった。ロイはため息をついて書類に手を伸ばすと頭痛をこらえて目を通す。正直ズキズキと痛む頭には書類の内容などさっぱり入ってこなかったが、それでも何度も読み直しては一通り目を通すと、ロイは読んだ書類にサインをしたためた。 「昨日より能率が悪い気がする……」 ロイはのろのろと書類に手を伸ばしてそう呟く。今日もまたもう少ししたらホークアイがやってきて書類の山を高くするのだと思ったら、ロイはなんだか泣きたい気分になった。それでも仕事は待ってくれないと書類に目を落とせば、ノックの音がして予想以上の山を抱えたホークアイが執務室に入ってきた。 「おはようございます、大佐」 ホークアイは鉄壁の笑顔でそう言うとひとまず書類をソファー前のテーブルに置き今日の予定をロイに確認する。そうして最後に書類の山をロイの机に移して言った。 「こちらの付箋をつけた書類が急ぎのものです。一時間後に取りに参ります。この黄色のカードまでが昼休み明けまで、その下は今日中に処理していただければ結構です。よろしくお願いいたします」 そう言ってホークアイはにっこりと笑うと執務室から出ていこうとする。肩を落として書類の山を見ていたロイは、ホークアイの背に向かって言った。 「中尉、例の捜査の方はどうなってる?」 「工場の職員や出入りの業者に当たっていますが、今のところ目ぼしい情報はありません」 ほんの少し顔を翳らせてホークアイが答える。 「私もそちらの捜査に当たろうかと思うんだが」 手元の書類を見つめるよりまだそちらの方が仕事になりそうな気がしてそう言うロイにホークアイが言った。 「先日も申し上げましたが捜査の方は私とファルマン准尉で十分です。大佐は書類の方をお願いします」 そう言ってホークアイは今度こそ執務室を出ていってしまう。ロイは今日も変わらず目の前にそびえ立つ書類の山に、頭痛が酷くなったような気がして机に突っ伏したのだった。 「結局ショッピングモールの方はなんも収穫なかったな」 「ん。瓦礫の片づけしただけな」 休憩所のソファーに座り込んでハボックはプカリと煙を吐き出す。向かいに座ったブレダも同じように煙を吐き出して答えた。 「中尉の方も今のところなにも出てきてねぇみたいだし」 爆弾騒ぎ自体大きな事件ではあったが過ぎてしまえばそれだけだ。実行犯は捕まえたものの爆弾を作ってガーランドに渡した真犯人の目的は相変わらず判らないままだった。 「このままお蔵入りになったりして」 「そりゃ拙いだろ?あんな爆弾作れるやつ野放しにしてたらいつまた次が起きるか判んねぇぞ」 「だよなぁ」 ぼそりと呟いた言葉に即座にブレダにツッコまれてハボックはため息をつく。手にした煙草を灰皿に押しつけてソファーから立ち上がると言った。 「ま、ここでうだうだ言ってても仕方ないわ。とりあえず溜まった書類片してくる」 「あー、俺もだ」 ハボックの言葉にブレダもやれやれと立ち上がる。肩を並べて司令室に戻ろうと廊下を歩いていれば、給湯室の前でハボックが立ち止まって言った。 「大佐のコーヒー淹れてくわ。そろそろ息抜きの時間だし」 「マメだな、相変わらず。頼まれたわけでもねぇのに」 「気持ちよく仕事して貰えればそれに越したことねぇだろ?」 感心したように言うブレダにそう答えるとハボックは給湯室に入る。先に行ってると言うブレダに手を振って、ハボックはコーヒーを落とし始めた。 「何となく世話焼きたくなるんだよね、あの人」 ハボックは立ち上るいい香りを嗅ぎながらそう呟く。 「隣の猫みたいなんだよなぁ」 年上の上官を表すには甚だ不適切な言葉ではあったが実際そう思えてしまうから仕方ない。ハボックは隣の黒猫とロイの姿を重ね合わせてクスリと笑うとコーヒーのカップをトレイに載せ司令室へと戻った。 コンコンとノックの音がしたと思うと同時に執務室の扉が開く。ロイは突っ伏していた顔を上げると慌てて書類に手を伸ばした。 「大佐、コーヒー持ってきたんスけど……どうかしたっスか?」 何となくいつもと違う気がしてハボックはロイを見つめて首を傾げる。ロイは書類から顔を上げるとハボックを見てにっこりと笑った。 「ありがとう、丁度喉が乾いたと思ってたところだ」 「あ、はい。どうぞ」 ロイに言われてハボックはコーヒーのカップを机に置く。それを手に取りフウフウと息を吹きかけるロイをジッと見ていたハボックは、不意にロイの額に手を伸ばした。 「う、わ…ッ?!」 突然伸びてきた手にギョッとしてロイが凍り付く。その額に触れたハボックは眉を顰めて言った。 「アンタ、熱あるっスよ」 「ね、熱っ?」 もしかしてハボックを見る度ドキドキして体が熱くなるのに気づかれてしまったのだろうか。そんな事を考えて慌てふためくロイにハボックが言った。 「頭痛かったりしません?食欲は?」 「……頭痛は朝起きたときから。食欲はさっぱりないが」 ロイがそう答えればハボックが眉間の皺を深くする。 「風邪かもしれないっスね。とにかくまず医務室に行きましょ」 「うわっ」 そう言うなりグイと腕を引かれて、勢い余ったロイはハボックの胸に飛び込んでしまったのだった。 |
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