傍迷惑な恋  第九章


「さて、ロイ。今日はどの店にする?セントラルほどじゃねぇけど、イーストシティも結構いい店あるよなぁ」
 ヒューズがニカッと笑って言う。ロイはだらしない笑みを浮かべるヒューズの顔を睨んで言った。
「お前、毎晩毎晩飲んでばかりで仕事はしてるのか?」
「まぁ、しっつれいねっ、ロイちゃんってば!俺が毎日どれだけ仕事してると思ってんのよ」
「仕事してると思えないから言ってるんだ」
 きっぱりと言えばヒューズが情けなく眉を下げる。だが、懲りると言う言葉を知らない男はすぐに気を取り直して言った。
「なに言ってんだ、俺がこうして毎晩飲みにつきあってやってるから嫌なことだって忘れられるんだろう?さ、くだらん悩みは飲んでパアッと忘れちまおうぜ」
 ヒューズがそう言えばロイは顔を曇らせて立ち止まる。自分の足下をじっと見つめて言った。
「なあ、ハボックの奴、ホントに私の部下をやめたがってると思うか?」
「なんだよ、まだそんな事言ってんのか?やっぱ飲みに誘って正解だったな」
 ヒューズはそう言ってロイの背中を叩く。ロイはバカ力に顔を歪めながらヒューズを見た。
「だって、今日は結局あの後一度も口をきいてくれなかった。それどころかまともに顔も合わせてないんだ。いつもなら私が会議から帰ってくるのを待っててくれるのに」
 そう言ったロイはブレダと並んで帰っていくハボックの背中を思い出す。一度も口をきかなかったのは単にロイが会議会議で席にほとんどいなかったからだし、ロイを待たずに帰ってしまったのはもう一つ食事を取りながらの会議が入っていたからだ。たまたま最後の会議が中止になってしまったからロイは帰っていくハボックの後ろ姿を見た訳なのだが、すっかり考えが後ろ向きになってしまっているロイにはそんな事には全く考えが至らなかった。
「まあ、たまにはそんな事もあるだろ。さ、いつまでもそんな事うだうだ言ってないで飲みに行こうぜ、ロイ」
 ヒューズはそう言うとロイの肩を抱く。そのまま歩き出せばなにも言わずについてくるロイをヒューズは機嫌よく引き寄せた。

「よぉし、もう一軒行こうぜッ、もう一軒ッ!!」
 ハボックはブレダの肩を掴んで叫ぶ。ブレダは肩越しに長身の友人を見て言った。
「もういい加減にしとかないと明日に響くんじゃねぇか?」
 そう言うブレダをハボックは鼻を鳴らして睨む。
「はあ?まだ全然飲んでねぇじゃんっ!それとも何か?オレと飲むのは嫌だとでも言うのか?」
 長身を生かして上から圧し掛かるようにして言うハボックをブレダはグイと押し退けた。
「んなこと言ってねぇだろ。判った、あとちょっとだけだからな」
 ここで無理矢理連れ帰ろうものなら大騒ぎしそうなのが目に見えて、ブレダは仕方なしに言う。その時、背後から嬉しそうな大声が聞こえてあまり会いたくもない連中がガサガサとやってきた。
「隊長っ!こんなところでお会いできるとは嬉しいですっ!」
「ああ、お前ら」
「これは一緒に飲みに行けという神様の思し召しッ」
 ブレダなどまるで目に入らない様子で取り囲んでくる大柄な男達をブレダはうんざりと見やる。
(ああまた鬱陶しいのに会っちまった)
 ここでこいつらと飲みに行こうものなら収集がつかなくなること間違いなしだ。ブレダはニヤリと笑うとハボック隊の部下達を見回して言った。
「悪いな、お前ら。俺たちこれからちょっと大事な話があるからさ、ちょっと遠慮してくれ」
「えっ、そうなの?ブレダ」
 ブレダの言葉に当のハボックがキョトンとする。ブレダはハボックの臑を蹴飛ばして囁いた。
「大佐の話するんだろ?こいつらに聞かせる気かよっ」
「イテッ……あ、そか」
 ハボックは酒臭い息を吐きながらポンと手を打つ。それからすまなそうに笑って部下達に言った。
「そう、ブレダと大事な話があるんだ。だから今夜はなしな」
「えええ、そんなぁぁッ」
「お話の邪魔はしませんから是非一緒にッ」
 ハボックの言葉に野太い悲鳴を上げて部下達が押し寄せてくる。
「悪いな、ブレダと二人にしてくれ」
(おい)
 ハボックがそう言った途端、部下達にもの凄い勢いで睨まれてブレダは引きつった笑いを浮かべる。それでもハボックの願いは彼らにとっては絶対で、部下達は渋々とはいえ頷いた。
「隊長っ、お名残惜しいですッ」
「次は是非俺たちと一緒にッ」
「ああ、判ってるって」
(今生の別れじゃあるまいし)
 ベタベタとハボックに抱きついては離れていく部下達をブレダはうんざりと見る。しかも離れるごとにガスガスとわざとらしく体に当たられて、ブレダは眉間の皺を深めた。
(酔っ払い、相手は酔っ払いだ)
 自分にそう言い聞かせてブレダは笑みを浮かべてみせる。名残惜しげにしながらも漸く去っていく部下達を見送るブレダの耳にハボックの声が聞こえた。
「んじゃ、ブレダ。オレの悩み、聞いてくれよなっ」
 ムギュッと抱きついてそう言うハボックに、もしかしたら部下達に丸投げしてしまった方が楽だったのではないかと思うブレダだった。

「うわぁ、なんか鬱陶しい連中がいるな。男同士で抱き合ってやがる」
 ヒューズが通りの向こう側を見て言う。自分自身ロイの肩を抱いて歩いていることはそっちのけでそう言うヒューズの視線の先を見たロイは、僅かに目を瞠った。
「あれはハボックの部下の……」
 そう呟くロイの目に部下に抱きつかれるハボックの姿が映る。抱きつかれる度部下の背をポンポンと叩く大きな手を見て、ロイは唇を噛んだ。
『ホントにしょうがないっスね』
 ロイがわがままを言う度ハボックはそう言って、あの大きな手でロイの頭をポンポンと叩いた。自分はあの手を失ってしまうかもしれないのに、彼の部下達は部下だと言うだけでああしてハボックに触れたり優しく背を叩いてもらっているのかと思うと、ロイはムカムカとしてきた。
「燃やしてやる……」
「へ?なんか言ったか?ロイ」
 ヒューズ言うことには答えず、ぞろぞろと名残惜しげにハボックから離れて歩き出す男達の背中をロイは睨みつける。発火布をはめた手を伸ばすとパチンと鳴らした。と、同時に部下の一人の背に火がつく。
「うわっ?!アッチイィィッッ!!」
「なっ、なんだっ?!」
 突然背中に火がついて、男達が大騒ぎになった。ぎゃあと叫ぶ男の背に燃え上がる火を仲間の男達がバンバンと叩いて消そうとする。その様を口をあんぐりと開けて見ていたヒューズは、フンッと鼻を鳴らして歩き出したロイの腕を掴んだ。
「ロイっ、お前っ?」
「ハボックにベタベタするあいつ等が悪い」
「って、お前、だからって火をつけるなんて…!」
 どうやって火がついたのか、ハボックの部下達だけでなく周りの通行人達も騒ぎ出す。騒ぎの発端が焔の錬金術師で、しかもその理由があらぬ嫉妬ともなればバレたらヤバいなどと言うものではない。
「バカ、もーっ、お前なにとち狂ってんだよッ」
 恋する男の恐ろしさを実感しながらヒューズはロイの体を抱え込むようにして慌ててその場を逃げ出したのだった。

 アッチイィィッッ!!という悲鳴を聞いて、歩き出そうとしていたハボックとブレダは振り返る。声のした方向を見れば部下の一人が背中を燃え上がらせてぎゃあぎゃあと騒いでいるのが目に飛び込んできた。
「えっ?ジョーンズっ?!」
「どうしたんだッ?!」
 二人は慌てて火のついた部下に走り寄ると脱いだ上着で背を叩く。とりあえず火を消し止めると原因を探して辺りを見回した。
「あれ?」
 と、ブレダが声を上げるのを聞きとめてハボックがブレダを見る。
「なんだ?誰かいたか?」
 そう聞いてくるハボックにブレダは慌てて首を振った。
「いいやっ、別になんでもない!気のせいだった!」
 ぶんぶんと手も首も振るブレダをハボックは胡散臭げに睨む。ブレダが見ていたと思しき方向に視線をやったハボックは、騒ぐ人々の輪から逃げ出すように去っていく背を見つけて目を瞠った。
「あれ……中佐と……たいさ?」
 ロイの体をギュッと抱き締めるようにして歩いていくヒューズの姿を食い入るように見ていたハボックがいきなり走り出すのにブレダがギョッとする。
「おいっ、ハボっ?!」
 呼ぶ声に振り向きもしないハボックをブレダは舌打ちして急いで後を追ったのだった。


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