| 傍迷惑な恋 第八章 |
| 「おい、ハボック。ちょっとペース落とした方がいいんじゃねぇか?」 「うるさいな。別にどうやって飲もうがオレの勝手だろ」 ハボックはそう言ってブレダを睨む。「おかわり!」とさっきから数分とおかずに次のグラスを注文するハボックに、ブレダはそっとため息をついた。 結局あの後、ブレダの脳味噌が思考を再開した時にはハボックは席を外してしまい、その後も電話やらなにやらでバタついているうちに話す機会を逸してしまっていた。ハボックがヒューズがくる度機嫌が悪くなるのは毎度のことだが、どうも今回は機嫌が悪いどころの話ではないらしい。それになにやら聞き捨てならない単語がハボックの言葉の中に混じっていたような気がして、それなりに自信のある自分の頭脳が思考停止に陥ったそもそもの原因であるその単語を追求せずにはいられなくて、終業後、ハボックを飲みに誘ったブレダだったのだが。 (あの二人に関わっちゃいけないって事はよっく判ってた筈なのにな……) やはり一度思考停止に陥った脳味噌はちゃんと動き出すまでに時間がかかるらしい。別にロイがハボックを好きだろうがヒューズを好きだろうが、自分には全く関係のない事なのだから放っておけばよかったのだ。 (あ、でも上司が同性の既婚者と不倫ってのは止めないと拙いのか?) 普段ならさわらぬ神に祟りなしと絶対関わるまいと思うだろうに、ふとそんな事を考えてしまうあたりやはりまだ脳味噌はちゃんと動いてないらしい。ぼーっと考え込むブレダにハボックがズイと顔を近づけて言った。 「ちょっとブレダ、聞いてんのかよッ」 「ああはいはい、聞いてる、聞いてます!………で、なんだって?」 どうせ相手は酔っ払いと、いい加減な受け答えをすればハボックが酔いに煙った空色の瞳で睨んでくる。ブレダはニカリと笑うとハボックに言った。 「ええと、ヒューズ中佐だったよな。ほーんととんでもない髭オヤジだよなぁ」 おそらく同じ事を繰り返し言っているのだろうと見当をつけてそう言えばハボックがダンッと勢いよくグラスをテーブルに置く。何か間違ったことを言っただろうかとブレダがちょっぴりドキドキした時、ハボックがくしゃりと顔を歪めた。 「なあ、どうして大佐は中佐がいいんだろう。中佐は結婚してて子供もいるのに、なんで大佐は中佐の事が好きなわけ?」 「なんで、って言われても……」 そんな他人の気持ちなんて聞かれたって知ったことではない。それが男同士の惚れたのなんだのになれば尚更だ。とはいえ、ロイはずっとハボックを好きだった筈で、そんな簡単に心移りするものだろうか。それも既婚の親友に。 「それさぁ、お前の思い違いじゃねぇの?大佐とヒューズ中佐は親友同士だろう?しかも中佐にゃあんな美人の奥さんと目に入れても痛くない可愛い娘がいるんだぜ?」 「だけど、大佐みたいな美人に“好きだ”って言われたらたとえ奥さんがいたってその気になっちまうだろうっ?」 「そうかぁ?」 疑わしそうにブレダが言えばハボックが目を剥く。ブレダの顔を下から覗き込むように睨んで言った。 「なんだよ、ブレダ。お前、大佐が美人でないとでも言うのかっ?」 「んなこと言ってねぇだろ」 「ホントか?まさかお前、大佐がグレイシアさんより美人じゃないとか思ってんじゃねぇだろうなっ?」 「思ってません!グレイシアさんに負けないくらい……いや、グレイシアさんよりちょっぴり美人だ!」 男と女でどっちが美人かを比べるなんて間違ってるだろうと思いつつ、ブレダは答える。しかももしこの答えをヒューズが聞いていたならダガーの的になること間違いなしだ。だが、ハボックはブレダの答えに満足そうに頷いた。 「だろう?グレイシアさんには悪いけど、大佐の方が絶対美人だ」 「ああ、そうだな」 色々間違っているだろうと思いつつ、恋する男と酔っ払いには勝てないとブレダは相槌を打つ。しかもこの場合恋する男「で」酔っ払いときたら勝ちようがない。そんな事をブレダが考えているとは思いもせず、満足そうに頷いたハボックだったが、次の瞬間くしゃくしゃと顔を歪める。 「やっぱり自分の奥さんより美人な大佐に好きって言われてその気になっちゃったんだぁぁっ!」 ガバッとカウンターに突っ伏して泣き出すハボックにブレダはうんざりとため息をついて言った。 「だからさぁ、それ、お前の思い違いじゃねぇの?」 「思い違いなもんか。オレはこの目で見たんだ。大佐が中佐の胸で泣きながら“私の気持ちも知らないで勝手なことを言うな”って言ってたの!」 「……マジ?」 なかなか想いの通じないハボックにいい加減しびれを切らしてしまったのだろうか。 (だからって既婚の親友に走るか?ふつう) もし自分が万が一何かの間違いでロイに恋心を抱いたとして、それが叶わぬと思った時に親友に走るだろうか。 (あり得ねぇ……) 情けなく涙で顔をぐしょぐしょにするハボックを見てブレダは思う。ブレダがそれ以上何も言わないでいると、ハボックがブレダの腕を掴んで言った。 「オレ、絶対中佐の事赦せねぇッ!グレイシアさんの事、愛してるくせに大佐の事ももてあそんでッ!!」 「ちょっとハボ、落ちつけって」 「あの髭オヤジっ!!大佐の事、泣かせやがって!!大佐も大佐だよ、なんであんな髭オヤジがいいんだッ!!」 「おい、ハボ……」 「ちーきーしょぉぉぉぉぉッッ!!大佐ぁぁッッ!!」 酔っ払って雄叫びを上げるハボックに圧し掛かられて、飲みに誘ったことをとことん後悔するブレダだった。 「今日は散々だった……」 ロイはそう呟いて机に頬を預ける。あの後慌てて会議に出たものの、ホークアイからはたっぷりとお小言を貰う事になった上、今日中に片づけておくようにとたっぷり山三つも書類を渡されたのだ。結局山一つと四分の三ほど片づけたところで泣きついて、今日は残りの四分の一を片づければ良しとしましょうと言う言葉を引きだしたロイは、漸く今日のノルマの最後の一枚にサインを終えたところだった。 「疲れた……コーヒーが飲みたい」 そう呟けば無性にハボックが淹れてくれたコーヒーが飲みたくなる。だが、ハボックはブレダと一緒にとうに帰ってしまった後で、ロイはハアと深いため息をついた。 「大体幼馴染みだかなんだかしらんがべったりし過ぎだ、アイツら」 ロイはそう呟いて二人で並んで帰っていったハボックとブレダの姿を思い浮かべる。肩が触れあわんばかりの距離で歩いていた後ろ姿を思い出して、ロイは眉間に皺を寄せた。 「今頃二人で飲んでのか…?」 そう呟けばカウンターに並んで腰掛けて楽しそうにグラスを傾ける二人の姿が目に浮かぶ。そうすればロイの眉間の皺は益々深くなった。 「私だってハボックと二人で飲みに出かけたい……」 ハボックと一緒に飲めるならどこでだって構わない。そう思った途端、ハボックが自分の部下であることをやめたがっている事を思い出した。 「一緒に飲みにいくどころか、もう上司と部下でいることさえしてくれないかもしれないのに……」 ロイがそう呟いてポロリと涙を零した時、ガチャリと扉が開いてヒューズが執務室に入ってきた。 「なんだ、ロイ。やっぱりここにいたのか」 「ヒューズ」 ロイは慌てて手の甲で目元をこすると顔を上げる。ヒューズは山と積まれた書類を覗き込みながら言った。 「まだだいぶかかるのか?」 「今終わったとこだ」 「おお、グッドタイミング」 ヒューズはそう言ってニヤリと笑う。 「じゃあ飲みに行くか」 「そんな気分じゃない」 (それに一緒に飲みに行きたいのはヒューズじゃなくてハボックだし) と、ヒューズが聞いたらいじけそうな事を思いながらロイは帰り支度を始めた。ヒューズはそんなロイをじっと見つめていたが、ロイの支度が済んだと見るとその腕を掴む。 「まあ、そう言わず飲みに行こうぜ」 「ヒューズ!私はそんな気分じゃ───」 ヒューズはロイの考えていることなど気づきもせずに、渋るロイを引きずって執務室を出ていったのだった。 |
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