| 傍迷惑な恋 第七章 |
| 「今の……どういう事だよ」 誰もいない会議室で抱き合うヒューズとロイ。涙を零すロイを宥めるようにヒューズは話しかけていた。そしてあのロイの言葉。 『判りもしないのに勝手なこと言うなッ!私の気持ちなんて知りもしないくせにッ!!』 あれはどういう意味だったのだろう。 「私の気持ち、って……大佐が中佐のこと好きだってことか?」 そう考えればさっき見た二人の様子にも納得がいく。 「でも、中佐は結婚してて子供までいるのに」 結婚しても諦めきれないほどヒューズの事が好きだというのだろうか。ヒューズはロイの気持ちを知っているのか、いないのか。 「もしかして二人、つきあってるとか……」 そう呟いたハボックはゾクリと体を震わせる。ロイがイーストシティとセントラルとに離れていてもヒューズの事を頼りにするのは、好きな相手だからかもという考えが浮かんで、ハボックは全身からサーッと血の気が引くような気がした。 「そんな……」 ずるずると壁に背を預けたまま座り込んで、ハボックはそこから動けなかった。 「ロイ!待てって、おい!」 ヒューズは言いながら物凄い勢いで前を歩いていくロイの腕を掴む。振り払おうと腕を振ったものの、がっしりと掴んで離さないヒューズをロイはキッと睨みつけた。 「離せ、ヒューズ」 大抵の人間なら怯んでしまいそうな強い光を放つ黒曜石の瞳を、だがヒューズは負けじと睨み返す。 「憶測だけで決めつけるなんてらしくないぜ、ロイ」 「憶測だけじゃない」 「本人に直接聞いた訳じゃないだろう?」 そう言われてロイの瞳が揺らぐ。ヒューズはひとつため息をついて言った。 「ローイ、しっかりしろ。いつだってお前は逃げたりしなかったろ?今回だって大丈夫だ」 ヒューズはそう言ってロイの肩を引き寄せ背を叩いてやる。その手の温かさにホッとロイが息を吐き出した時、遠慮がちな声が聞こえた。 「あのう、お話中申し訳ありませんが」 「ファルマン」 振り向けば困ったように細い目を更に細めたファルマンが二人を見ている。ヒューズはロイに回していた腕を離して言った。 「おう、なんだ?」 「大佐、先ほどから中尉が探してます。ヒューズ中佐、セントラルから何度か電話が」 「あっ、会議!」 中尉、という単語にロイが飛び上がる。朝からびっしり入っていた筈の会議をフュリーの一言ですっかりパニックを起こして綺麗さっぱり忘れていた。おそらくカンカンになっているであろうホークアイの姿を思い浮かべて、ロイはさっきとは別の意味で顔色を変える。 「すまん、ヒューズ。行かないと拙いッ」 「ああ、しっかりな、ロイ」 そう言ってもう一度腕を掴めばロイの瞳が僅かに揺れる。だが、今度はなにも言わずにロイは廊下を駆けていってしまった。 「んで、俺は電話ね」 「はい、バウアー少佐からでした」 「やべぇやべぇ」 ヒューズは舌を出して呟くとファルマンに手を振って足早に廊下を歩いていく。その背を見送ってファルマンはやれやれとため息をついた。 二人の上司を見送ったファルマンは一息入れようと廊下を歩いていく。少し行ったところで廊下に座り込んでいるハボックの姿を見つけて細い目を見開いた。 「少尉、どうかしたんですか?」 気分でも悪いのかと心配して顔を覗き込む。ぼうっとして座り込んでいたハボックは、ファルマンの顔を見て五秒ほどしてから答えた。 「いや、別になんでもない」 ハボックはそう答えてヨイショと立ち上がる。パンパンとオーバースカートをはたいたハボックはちょっと躊躇ってから尋ねた。 「大佐と中佐は?もう執務室に戻ったのか?」 そう尋ねるハボックにファルマンは軽く首を振る。 「いえ、大佐は会議に行かれました。ヒューズ中佐は電話をしてると思います」 ファルマンは答えてさっき二人が歩いていった先を見つめる。そうして小さな声で呟いた。 「仲善きことは素晴らしきかなってことですかね」 「え?」 ファルマンの言ったことがよく聞こえずハボックが聞き返す。無意識に思ったことが口をついて出ていた事に気づいてファルマンが苦笑して答えた。 「ああ、すみません。マスタング大佐とヒューズ中佐、とても仲がいいんだなぁと思ったもので」 その言葉に抱き合っていた二人の姿が浮かぶ。ハボックはグッと手を握り締めて言った。 「なあ、結婚してる相手を好きになったり、結婚してんのに他の誰かを好きになったりするのかな」 突然そう聞かれてファルマンはキョトンとする。だが、それでもその質問をした意味は聞かずに答えだけを口にした。 「人の気持ちなんておいそれとコントロール出来るものではありませんから、全くないとは言えないでしょう。でもそれは世間一般的には“浮気”とか“不倫”とか呼ばれるもので、あまり褒められたことではないのではないでしょうか」 教師が生徒に言い聞かせるようにファルマンは答える。ハボックは一つため息をついて言った。 「おいそれとコントロール出来ない、か。そうだよな……」 ロイの目を濡らす涙が目の前に浮かんでハボックは軽く首を振る。 「ずりぃよな、そう思わない?ファルマン」 「えっ?なにがですか?」 今度は突然そんなことを言われてファルマンは再びキョトンとした。ハボックはファルマンに答えるでなく呟くように言う。 「綺麗な奥さんがいて、可愛い子供がいて。いっつも傍迷惑なくらい自慢して回ってるくせに、その上」 「ハボック少尉?」 ボソボソと呟く言葉は聞き取りづらくて、ファルマンは問い返すようにハボックを呼んだ。 「ずりぃよ……」 だが、ハボックはそれには答えずファルマンを押し退けるようにして廊下を歩き出す。もう一度呼び止めるようにファルマンが呼んだが、今度は何も言わずにハボックは行ってしまった。 「何も間違ったことは言ってないと思うんだが……」 自分は聞かれたことに答えただけだ。ファルマンは少しの間首を傾げていたが、結局肩を竦めて休憩室へと歩いていった。 ハボックは勢いよく司令室の扉を開けると中を見回す。目当ての人物が見あたらず、ハボックはため息をついた。 「お、ハボ。どこ行ってたんだよ」 さっき司令室を飛びだしていった時よりは落ち着いた様子のハボックにブレダが言う。そうすればジロリと空色の瞳で見つめられてその視線の剣呑さにそっと視線を逸らした。 「中佐は?」 そう聞かれてブレダは部屋の中を見回す。言われてみればいつの間にか静かになっているなと思いながら答えた。 「さっきまではそこで電話してたけどな」 どこ行ったんだろう、と言うブレダをハボックはじっと見つめる。綺麗な空色の瞳で見つめられて、ブレダは眉を下げた。 「何だよ、言いたいことがあるなら言え」 困りきってそう言ってもハボックはすぐには答えない。普段はあけすけでなんでもズケズケと言う男に黙ったまま見つめられ、正直居心地が悪いなんてものじゃない。ブレダは思い切り唇をつきだして言った。 「言いたい事があるなら言えって言ってんだろ?黙ってじっと見られると気持ちわりぃんだよ」 ブレダがさっきよりきつい口調で言う。だが、口を開く気配のないハボックに苛々としたブレダが言おうとした寸前、ハボックがボソリと言った。 「オレ、中佐の事、絶対許せねぇ」 「へ?」 「たとえ大佐が中佐のこと好きだって言っても、中佐だけは絶対許せねぇ!」 震える拳を握り締めて、呻くように言うハボックをブレダはポカンとして見つめる。漸くハボックが言った言葉を理解したブレダは慌ててハボックに言った。 「ちょっと待て!え?大佐が中佐を好きってどこからそんな話がっ?」 ロイが好きなのは目の前のこの男だったはず。突然降って沸いた話にブレダの思考は停止状態に陥ってしまった。 |
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