傍迷惑な恋  第十章


「ロイ、お前なぁ!やっていい事と悪い事があんだろうがッ」
 騒ぎ立てる人々から逃げるように離れて、暫く行くとヒューズは店と店の間の狭い路地裏にロイを引っ張り込む。抱え込むようにしていた体を離し、その端正な顔を覗き込むようにして言えばロイがムッとして答えた。
「今したことのどこが悪い事だと言うんだ」
「どこがって……ちったぁ考えれば判るだろう?」
 まるで悪い事をしたという意識のないロイにヒューズは呆れたように言う。その口調にロイはますます不機嫌そうに顔を歪めて言った。
「もしかしたら私はもう、ハボックにああして優しく叩いて貰えないかもしれないのに、アイツらは部下だと言うだけでハボックに抱きついたり叩いて貰ったりしてるんだぞ。ズルいじゃないかッ!!」
 目を吊り上げてそう怒鳴るロイにヒューズは目眩がする。確かに一筋縄では行かない、曲のある男だとは思っていたが、まさかこんな突拍子もない事を言い出すとは思ってもみず、ヒューズはがっくりと肩を落とした。
「あのなぁ、ロイ……」
 そう言ってヒューズはロイを見る。輝く黒曜石の瞳はハボックへの想いに熱く濡れて、ヒューズですら見ていて切なくなるほどだった。
「なんで言っちまわないかなぁ……」
「え?」
 ボソリと呟けばロイが軽く目を瞠る。ヒューズはロイの頬を撫でて言った。
「ロイ、お前さ、少尉のことが好きなんだろ?」
「えっ?!」
 尋ねればボッと火がついたように顔を真っ赤にしてロイが飛び退る。反射的にそのロイの手首をパッと掴めばロイは怯えたようにヒューズを見上げた。その揺れる瞳にヒューズは優しく笑って言う。
「少尉が好きなんだろ?ロイ」
 もう一度言えばロイの顔がこれまでにないほど赤く染まった。普段なら自分から目を逸らすなどあり得ないロイが、困ったように視線をさまよわせるのを見て、ヒューズは笑みを深める。
「好きなら好きって言っちまえばいいのに」
 ため息混じりにそう言えばロイが顔を歪めた。
「いっ、言えるわけないだろうっ」
「どうして?」
「どうして、って……」
 そう聞かれてロイはしょんぼりと視線を落とす。唇を噛み締めて答えないロイの顎を掬ってヒューズは言った。
「好きなんだろ?だったら言っちまえ、好きって」
「無理だッ、だってハボックは女性が好きなんだぞっ!言ったって無駄に決まってるじゃないかっ!」
「そんなの言ってみなきゃ判らんだろうが」
 そんな風に言われてロイはくしゃくしゃと顔を歪める。
「言ってダメだったら?それこそハボックは私から離れていくだろう。今のままなら少なくとも傍に───」
『部下でいるのが嫌だとかなんとか』
 そう言いかけてロイは頭に響いた声に言葉を飲み込んだ。もう傍にいることすら叶わないのかと思うと涙が込み上げてくる。ぽろぽろと涙を零すロイをヒューズは苦笑混じりのため息をついて引き寄せた。
「らしくないぜ。今までお前はどんな困難な事からも逃げたりしなかったじゃないか」
「でも……でも、ヒューズ…ッ」
「だぁいじょうぶだって。俺がついててやるから。これまでだって俺がついてりゃなんだって平気だったろ?」
 そう言ってニヤリと笑って抱き締めてくるヒューズを見上げると、ロイは涙に濡れた頬を埋めた。

「くそ……どこ行った?」
 ハボックはそう呟きながらヒューズとロイの姿を探す。きょろきょろと辺りの路地を覗き込むハボックの肩を、後から追いかけて来たブレダが掴んだ。
「おい、ハボ!」
「…んだよっ」
 苛々としてハボックはブレダの手を払いのける。ジロリと睨んでくる空色の瞳に怯まず、ブレダは言った。
「どうしたんだよ、お前」
「中佐が大佐の事連れてた」
 そう言って目を吊り上げる友人をブレダは呆れたように見る。
「そりゃ友人同士なんだから一緒に飲みにくらい出かけるだろ?」
「ジョーンズの背中に火つけたの、大佐だ。きっと中佐がそうさせたんだ」
「……は?………なんで?」
 思わずバカのように聞き返してしまってブレダはチッと舌を鳴らす。突然火がついた事を考えれば火をつけたのがロイなのは間違いないとして、どうしてそうさせたのがヒューズだなどと言う考えが出てくるのか、さっぱり判らずブレダはハボックを見つめた。
「きっと中佐はオレの部下達が気に入らないんだ。あの人、オレのことも目の敵にしてっから」
「はああ?」
 どこをどう押せばそんな考えが出てくるのか判らない。おそらくロイがジョーズの背中に火をつけたのは、ベタベタとハボックにくっつく部下達に嫉妬しての事だろうが、目の敵にしているのはヒューズではなくハボックの方ではないだろうか。そもそも国家錬金術師で国軍大佐のロイが嫉妬に駆られて誰かの背に火をつけるなどもってのほかだが、それを中佐のせいにするあたり嫉妬に狂っているのはロイばかりではないらしい。
(いい加減打ち明けて両想いになっちまえっての)
 正直なところもういい加減迷惑だ。さっさと二人がくっついてしまえばいらぬ嫉妬で燃やされることもないだろうにとブレダが考えていると、ハボックは再び辺りを見回しながら歩き出した。
「あ、おい、ハボック!」
 ブレダは慌てて追いかけるとハボックの隣に並んで足早に歩く。なんと言って止めたものかと考えながら歩いていたブレダは、突然足を止めたハボックに気づかず数歩先まで歩いてしまった。
「ハボ?どうした?」
 そう言って戻りながらブレダはハボックの顔を見る。その視線が見る先を追えば、ちょうど道路を挟んだ向かい側、狭い路地の中に立つヒューズとロイの姿が見えた。
「あ、大佐と中佐」
 ブレダが呟くように言えばハボックの肩がピクリと跳ねる。そのまま見つめていると二人は何かを言い合うように言葉を交わしていたが、不意にロイが涙を零したのが見えた。そのロイにヒューズが何かを言ったかと思うと細い体を引き寄せる。ヒューズの胸に顔を埋めるようにしてしがみつくロイをヒューズが優しく抱き締めるのを見ていたブレダは、恐る恐るハボックの顔を見た。空色の瞳を大きく見開いて二人の姿を見つめるハボックと、抱き合う二人の姿を見比べてブレダは焦る。
(やばい!なんだってあの二人、こんなとこで抱き合ってんだよっ)
 見開いていた空色の瞳が剣呑に細められるのを見て、とりあえず何か言おうとブレダが口を開こうとするより一瞬早く、ハボックは通りへと飛び出していった。
「あっ、ハボっ?!」
 車と人の間を縫って走るハボックの後をブレダは慌てて追う。だが、ハボックはブレダが追いつくより早く路地に飛び込むとロイを抱き締めるヒューズの肩を掴んだ。
「マース・ヒューズっ、貴様ァっ!!」
「わーっ、ハボっ!!やめろッ!!」
「え?」
 拳を振り上げるハボックにブレダが叫ぶ。だが、ハボックはブレダの制止に構わず振り上げた拳をヒューズの頬に振り下ろした。
「ガッ?!」
「ヒューズっ?!」
 突然の事によけることも出来ずにヒューズが吹き飛ぶ。抱き締められていたせいで一緒に倒れかかったロイをグイと引き寄せると、ハボックはもの凄い形相でヒューズを睨んだ。


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