傍迷惑な恋  第十一章


「ヒューズ?!大丈夫かっ?ハボック!お前、なんて事するんだッ!」
 路地裏のゴミ箱やらなにやらが散乱する間に殴り飛ばされて「いてて」と呻くヒューズを見下ろし、次に自分を引き寄せるハボックを見上げてロイが言う。ハボックは責めるように声を荒げるロイを見て言った。
「なんて事?それはオレが中佐に言いたいっスよ!」
「は?ヒューズに?」
 キョトンとするロイの目元に残る涙の滴に気づいて、ハボックは舌打ちする。伸ばした手の指先でそっと拭って言った。
「こんな……アンタの事泣かせて…ッ」
 眉を顰めて呻くように言ったハボックはヒューズを睨む。
「中佐、いい加減アンタを見損ないましたよ。グレイシアさんとエリシアちゃんがいるくせに、あんなに毎度毎度自慢してるくせに、大佐にまで手ぇ出してっ!!!」
 ハボックはそう大声で言うとまだ尻餅をついたままのヒューズの襟首を掴む。グイと引き上げて言った。
「大佐の事弄んで泣かせてっ!それで飽きたらポイですかっ?そんなの、大佐が可哀想っしょっ!」
 グイグイと襟首を締め付けて喚くハボックの腕をヒューズは叩く。何とか気道を確保して声を振り絞るようにして言った。
「待て…っ!待てって!!お前の言ってること、訳判んね…っ」
「ハボック!私がヒューズになんだって?一体これはどういう───」
「どうもこうもねぇっス!!中佐のどこがいいのかなんてオレにはさっぱり判んねぇけど、大佐、中佐のこと……っ」
 言いかけてハボックは唇を噛む。たとえそうだと判っていても、自らそれを口にするのは抵抗があった。それでもハボックはグッと腹に力を込めると言う。
「大佐、中佐のこと想って……こんな泣くほど想ってんのに、中佐ーーーッ!!アンタって人は…ッッ!!」
「グエッ!!ちょ……、ギブギブ……ッ!!」
 グイグイと喉を締め付けられてヒューズは地面を叩く。それまであまりのハボックの剣幕に呆然としていたブレダが慌ててハボックを背後から羽交い締めにした。
「ハボッークっ!落ち着けッ、落ち着けって!!」
 渾身の力を込めて引っ張ればさすがにヒューズを締め上げていることが出来ず、ハボックはヒューズを離す。ゲホゲホと咳込むヒューズにロイが駆け寄って背をさすった。
「ヒューズ、大丈夫かっ?」
「し…死ぬかと思った……」
 ヒューズはゼイゼイと息を弾ませて言う。そんなヒューズを心配そうに覗き込むロイを見てハボックは辛そうに目を細めた。
「ハボック!ヒューズを殺す気かっ?!」
「殺していいならそうしてやりたいっスよ。でも、そうしたらアンタ、悲しむっしょ?」
「当たり前だろうっ」
 ヒューズは大切な友人だし、ハボックは誰よりも好きな相手だ。ハボックがヒューズを傷つけるようなことになったらやりきれない。その時ヒューズがゲホゲホと咳込んで、ロイが慌てて背をさする。ピタリとヒューズに寄り添うロイの姿に、ハボックはギュッと唇を噛んだ。
「そんなに中佐のことが大事なんスか?そんな、女房持ちで親バカで髭面でスケベ顔のオヤジが」
「大事?聞くまでもないだろうっ、ヒューズとはどれほどのつきあいだと思ってるんだっ」
 士官学校からイシュヴァールと、肩を並べ時には背中を預けて一緒に戦ってきた仲だ。ハボックだってそれくらいよく判っているだろうにと目を吊り上げるロイを見てハボックはヨロヨロと後ずさった。
「どれほどのつきあいって……オレにそれ言わせるんスか……」
 そう呟いたハボックの脳裏に抱き締めあう二人の姿が浮かぶ。顔を寄せて微笑む二人がそれ以上の行為に及ぼうとするのをハボックは思い切り首を振って追い払った。
「ハボック?」
 そんなハボックが何を考えているのか判らず、ロイは目を見開いてハボックを見る。ハボックはがっくりと項垂れたかと思うと情けない顔でロイを見て言った。
「アンタの気持ちはよく判ったっス。そこまで言うなら反対もしません。でも、オレ、好きな相手が他の男と一緒にいるの我慢できるほど人間出来てないんで」
 ハボックはそこまで言って一度言葉を切る。それから大きく息を吸い込んで言った。
「オレのこと、首にして下さい。どっか余所の部署に追い出して欲しいっス」
「……え?」
 ハボックの言葉に目を丸くするロイにハボックは背を向けるととぼとぼと歩き去ってしまう。
「あ、おい!ハボっ、ちょっと待てッ」
 この場のやりとりについていけず固まっていたブレダが慌ててハボックの後を追って走っていった。二人の背を呆然と見送っていたロイがポツリと呟く。
「ハボックが私の部下をやめたがってるというのは本当だったんだ」
 そう言葉にした途端、ロイの瞳から大粒の涙が零れた。
「え?……ちょ……どうなってんだよ、おい……」
 思い切り殴られた上、首を絞められたダメージから回復できないまま、ヒューズは地面にヘたり込んでそう呟いたのだった。


「おい、ハボ!ちょっと待てって言ってんだろッ」
 ブレダは漸くハボックに追いつくと前を歩く背に向かって言う。だが、立ち止まりも返事もしないハボックに、チッと舌を鳴らしてハボックの腕を掴んだ。
「待てって!お前、ヒューズ中佐を殴るなんて。あの二人じゃなかったらどうなってたか───」
「妻子持ちの癖してオレの好きな人、掻っ攫ってくんだもん。一発くらい殴ったって罰はあたんねぇだろ」
「はい?掻っ攫う?なに言ってんだ、お前」
 ハボックの言葉の意味が判らずブレダがキョトンとする。ハボックはそんなブレダに苛々しながら言った。
「掻っ攫う!言葉通りの意味だろっ!大佐、中佐のこと好きだって言ってたじゃん!妻子持ちだって構わないほど好きって!」
「………いつ?」
 口を挟む余裕はなかったがハボックがヒューズやロイと交わした言葉は全部聞いていたつもりだ。だが、その中にロイがヒューズを好きだという類の言葉を聞いた覚えはなく、ブレダは首を傾げた。
「どっ、どうせブレダにはオレの気持ちなんて判りゃしねぇんだろうけどっ」
 さっきの騒動を頭の中でリプレイしているブレダにハボックが言う。
「今夜は失恋記念で飲み明かすッ!ブレダもつき合えよなっ!!」
「うわっ、ちょ……ハボっ?」
 大声で言うと同時にグイッと首に回された腕で引っ張られて、ブレダはズルズルと引きずられて行ったのだった。


「なあ、おい……ロイちゃん?」
 ダメージから漸く回復したヒューズは、引きずって来られた店のカウンターにグラスを握り締めたまま突っ伏しているロイの肩をちょんちょんとつつく。ピクリともしないロイに「寝たのか?」と呟けば、ロイがいきなり体を起こした。
「うわっ、びっくりした…っ」
 ロイを覗き込むようにして顔を寄せていたヒューズは、ロイの頭と衝突する直前咄嗟に身を引いて呟く。ロイは酔いに霞んだ瞳でヒューズを睨むと言った。
「やっぱり私の言った通りだったじゃないかっ!ハボックが私の部下をやめたがってるって!」
「それだけどさぁ、なんかおかしくなかったか?少尉の奴」
 さっきのハボックの言葉を思い出せば訳の判らない単語がいくつも混じっていたような気がする。
「聞き捨てならない言葉はこの際おいておくとして」
 髭面でスケベ顔とはどう言うことだ、と顔を顰めたヒューズはとりあえずその言葉を頭から閉め出した。それからロイの腕に手を乗せて言う。
「俺がお前に手ぇ出しただの、お前のこと弄んでるだの、飽きたらポイだの……あとあれだ、お前が俺のことを想ってるとかなんとか」
「……そんな事言ってたか?」
 ハボックの「余所の部署に出して欲しい」という一言があまりにショックで正直他に何を言っていたかなど覚えていない。
「言ってた。ありゃどういう意味だ?」
 だが、ヒューズは自信満々に言い切って首を傾げる。ロイはそんなヒューズを見つめたが、一つため息をついて言った。
「別にどういう意味でもいいだろう。ハボックが私の傍にいたくないと言った事には変わらないんだから」
 そう言えばロイの瞳に涙が盛り上がる。ヒューズはロイの腕に載せた手でポンポンと叩いて言った。
「ローイ。おかしいと思ったことはそのままにしておかないのが主義だろう?」
「ヒューズ……」
 不安そうに見上げてくる黒い瞳をヒューズは見つめる。
「いいか?カッとなって少尉の異動申請なんて出すんじゃねぇぞ。さっきのありゃ、きっと何かの間違いだ。俺が証明してやる、な?」
 そう言ってニカッと笑う親友にロイは力なく笑い返すとそっとため息をついた。


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