傍迷惑な恋  第十二章


「おおい、ブレダ少尉!」
 休憩所のソファーから身を乗り出して手を振る能天気な顔にブレダは思わず足を止める。このまま気づかないフリで回れ右しようかと思ったものの、さすがに上司相手にそういうわけにもいかない。
「はあ……」
 ブレダは一つため息をつくと休憩所で煙草を吸っているヒューズのところへやってきた。
「なんですか、中佐」
 げっそりした顔でブレダが言う。そんなブレダの顔を見てヒューズは片眉を跳ね上げて言った。
「なんだ、疲れた顔してんなぁ。いい若いもんがそんなでどうするよ」
「中佐は相変わらずテンション高いですね」
 夕べはロイに失恋したと騒ぎ立てるハボックにつきあわされて散々だった。結局明け方まで引っ張り回され、しかもその間中いかにロイが美人で可愛らしくて魅力的かということと、そのロイを妻子持ちにもかかわらず掻っ攫っていった(と、ハボックは思い込んでいる)ヒューズの悪口を聞かされ続けたのだ。普通に飲んで騒いで徹夜するより数倍も疲れたブレダはよっぽど休もうかと思ったのだがそう言うわけにもいかず、仕方なしに司令部に出てきたところだった。しかも元凶であるところのハボックは非番だというから腹立たしい。
「おうよ、俺様はいつだってハイテンション、元気マックスだぜ!なにせエリシアちゃんがついてるからな」
 ヒューズはそう言って懐から愛娘の写真を取り出してキスをする。もしかしたら諸悪の根元はこのオヤジじゃなかろうかとブレダは考えながら言った。
「夕べはハボックが荒れて大変だったんですよ。中佐に大佐取られたって」
 そう言って探るように見ればヒューズが顔を顰める。
「やっぱそう言う風に誤解してたのか。夕べは訳の判らん事を騒いでると思ったんだが」
「中佐、一応念の為に確認しておきますけど、中佐と大佐ってつきあってる訳じゃ───」
「んなわけねぇだろっ!俺はグレイシア一筋なのっ!ロイは可愛いけどあくまで親友!」
 ヒューズはそう声を張り上げてわざとらしく身震いして見せる。
(その“可愛いけど”って態度がハボの誤解を生む原因じゃねぇのか?)
 ブレダは心の中でそう思ったが、口に出しては他の、もっと肝心と思えることを言った。
「じゃあ、大佐が好きなのって」
「少尉に決まってんだろ」
 あ、お前じゃない方ね、と付け足すヒューズにブレダは当たり前だと肩を落とす。
「それを聞いて安心しました」
「んで、ハボック少尉はロイを好き、と」
 その言葉にブレダが頷いた。
「誰が見ても一目瞭然ですよね、両想いなの」
 あのフュリーですら気づいているのだ。気づかない方が
どうかしていると思いながらブレダが言えばヒューズが腕を組んで唸る。ひとしきり唸ったかと思うと、パッと顔を輝かせてブレダを見た。
「よし。こうなったら俺が一肌脱いでやろう。ロイにも何とかしてやるって言ったしな」
「…………大佐、中佐に任せるって言ったんですか?」
 ヒューズに任せたら纏まるものも纏まらない気がする。我が上司ながらなんたるチャレンジャーだと思いながら、胡散臭そうに見つめてくるブレダにヒューズが言った。
「要はハボックにロイが好きだと言わせりゃいいんだろ?簡単じゃねぇか」
「……そうですかね」
 簡単に言えるくらいならとっくに言っているような気がする。そうは思ったもののあえて何も言わずにいれば、ヒューズがちょいちょいとブレダを指先で呼んだ。
「……なんです?」
 正直、できることなら聞きたくない。どうしていつもいつも巻き込まれて貧乏くじを引くのは自分なのだろう。同じ「友人」という立場にありながら現状を心おきなく楽しんでいるヒューズと自分の差はいったいどこから生まれてくるのだろうと思いながら、ブレダは仕方なしにヒューズの話に耳を傾けたのだった。


「はあ……」
 ベッドの上に体を起こしてハボックはため息をつく。カーテンの隙間から射し込む眩しい陽射しは時刻がもうとっくに朝と呼べる時間を過ぎていることを示していて、ハボックはのろのろとベッドから足を下ろした。
「ああ、流石に飲み過ぎた……」
 ヒューズを殴った後、結局空が白んでくるまで飲んでいた。ロイがヒューズを好きだと言う以上、自分がなんと言おうとどうすることも出来ないのだと、諦めるつもりでロイに自分を首にしてくれと言いはしたものの、やはりずっと好きだった相手、そう簡単に気持ちに区切りなどつけられる筈もなく、ブレダ相手にロイの魅力とヒューズへの恨みつらみを一晩中言い続けていたのだが。
「まだ言い足りねぇ……」
 ロイの魅力もヒューズへの恨みも一晩では語り尽くせない。それにあれくらいですっきり諦めきれるほどロイへの想いも簡単なものでもない。
「やっぱまだまだ好きだぁ……」
 ハボックはそう呟いて頭を抱える。ヒューズを見つめるロイの顔を思い浮かべればシクシクと胸が痛んだ。
「どうしてあんな妻子持ちのスケベオヤジがいいんだろう」
 自分の方が若くて独身なだけいいのではと思う反面、あのオヤジなところが頼りがいがあるのだろうかとも思う。
「それとももしかして……」
 ハボックはそう呟いて宙を見つめた。ヒューズは既婚者だ。つまりは毎日でも色々と実践することが出来る相手がいるということで。
「そこで悦かった事を大佐にも試して……」
 そう呟いた途端、ベッドの上でしどけなく乱れるロイの姿が浮かぶ。
「そんなの嫌だ〜〜〜〜〜〜ッッ!!」
 勝手に描いた想像の二人の姿に、ベッドの上で悶えるハボックだった。


「はあ……」
 そしてここにももう一人、ため息をつく男がいる。ロイはめくっていた書類の上にポテ、と顎を載せると目を閉じた。
『大佐の部下をやめたいとかなんとか』
 その話を聞いて以来、不安で不安でしかたなかった。ボインが大好きなハボックがぺったんまな板の自分に見向きもしない事はよっく判ってはいたが、それでもせめて部下として傍にいてくれればいいと願い続けていたのだ。だが。
『オレのこと、首にして下さい。どっか余所の部署に追い出して欲しいっス』
 夕べのハボックの一言でその願いも儚く消えてしまった。ヒューズは何かの間違いだと言っていたが、ハボックの口からはっきりと聞いたとあれば間違いだと思いようもない。
「ハボック……」
 もし、自分にハボックが喜ぶようなボインがついていたなら、一番にはなれなくてもガールフレンドの一人に数えてくれただろうか。ロイはそう思って自分の胸を見つめる。体を起こして軍服の厚い布越しに両手で胸を掴んでみた。いっそ錬金術を使って豊胸術でも施してみようかと思った時、頭上から冷たい声が聞こえた。
「大佐、何をなさってるんです?」
「あ、中尉」
 いつの間にそこに立っていたのだろう。書類を抱えたホークアイが珍しく嫌そうに眉間に皺を寄せているのを見て、ロイは自分の胸から手を離す。それからホークアイの顔に向けていた視線をゆっくりと下へと下ろして言った。
「やはり女性の胸というのはふっくらとしていていいものだな」
「………は?」
「私にもせめて中尉くらい胸があれば……」
 じっと食い入るようにホークアイの胸元を見つめてロイが言う。ホークアイは無表情のままロイをじっと見つめていたが、手にした書類をバンッとロイの前に積み上げて言った。
「大佐、今の一言はセクハラです」
「でも、中尉くらい胸があったらハボックも私の傍にいてくれるかもしれないじゃないか」
 とてもまともな思考から生まれたとは思えない考えを口にするロイにホークアイは眉を顰める。いっそその脳味噌を一度銃で撃ち抜けば、風通しもよくなってちゃんとした事も考えられるのではないだろうかと思いながら言った。
「そうお思いになるのでしたらハボック少尉にお尋ねになったらいかがですか?」
「それでもしボインがいいって言われたら?」
「その時は錬金術でもなんでも使ってボインになったらよろしいでしょう」
 ホークアイは冷たく言い捨てて執務室を出る。
「………もしかしたらもの凄く拙い事を言ってしまったかしら」
 明日になってロイの胸がボインになっていたらどうしよう。つい思い浮かべてしまった見たくもない姿を頭を振って打ち消すと、その時は二人ともども撃ち殺すと心に誓ったホークアイだった。


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