傍迷惑な恋  第十三章


「よ、リザちゃん、今日もクールビューティだねっ」
 司令室に入ってくるなりそう言って片手を上げるヒューズに、ホークアイは思わずペンを握る手に力が籠もってしまう。パキンと軽い音を立てて軸にヒビが入ってしまったそれを、ホークアイは忌々しげに見つめてゴミ箱に放り込んだ。
「中佐、この時間は会議のご予定だったのでは?」
 抽斗から新しいペンを取り出しながらホークアイが言う。それに答えてヒューズは腕を組んで困ったように唸りながら言った。
「それがさぁ、先方の都合でキャンセルだって。失礼だと思うだろ?こちとらわざわざセントラルから来てんだぜ?」
 そう言うヒューズは、だがその言葉に反して唇の端が緩く持ち上がっている。実に嬉しそうな顔で「せっかくやる気満々だったのに残念だなぁ」などと言ったところで説得力に欠けるのは一目瞭然で、ホークアイもそんなヒューズを冷たく見つめて言った。
「でしたらお帰りの列車を早めたらいかがです?あちらでもヒューズ中佐の帰りを待ちかねていらっしゃるのではないですか?」
 ホークアイはそう言いながらヒューズの副官の顔を思い浮かべる。毎度毎度大した用事もないのにイーストシティにふらふらと出かけてしまう上司のおかげで、必要のない雑事まで抱え込んで苦労している男に同情したホークアイは、もしかしたら他人の上司の面倒までみなくてはいけない自分の方がよほど同情される立場なのではないかと思い至って、その綺麗な眉を寄せた。
「何言ってるんだよ、リザちゃん。会議よりよっぽど大事な事が残ってるだろ?」
「会議より大事なことですか?」
 そんな案件があっただろうかとホークアイが記憶を掘り起こしていると、ヒューズがにっこり笑って言った。
「ロイとわんこ。リザちゃんも迷惑してるだろ?俺がきっちり片付けてやるから」
「……は?」
 ヒューズはそう言うと軽いステップで大部屋を横切り執務室の扉をノックする。実に楽しそうに執務室に消えていく背中を呆然と見送ってしまったホークアイはハッとして立ち上がった。
「ちょ……ヒューズ中佐っ」
 これ以上かき回されたらどうなるか判ったものではない。とはいえ、今ここで執務室に入ってあの二人の相手をするのはたとえホークアイと言えど遠慮したいというのが本音だった。
「まったくもう、どうしてこうなるの?」
 やはり余計な上司の面倒まで見なくてはならない自分の方がよほど同情されるべきだと思ったホークアイだった。


「よ、ロイ。調子はどうよ」
「ヒューズ」
 思わず燃やしてやりたくなるほど能天気な顔で入ってきた男を、ロイは椅子に埋もれたまま見上げる。結局あの後仕事をする気になれず、ホークアイが積み上げた書類はそのままに、ハボックに聞いてみるかどうか本気で悩んでいたのだ。
「なあ、ロイ。少尉のことだけど」
 机の端に腰を引っかけてそう切り出せばロイの肩がビクリと震える。それでも口をギュッと引き結んだまま答えないロイを優しく見つめてヒューズは続けた。
「お前だってこのまま手放すのは嫌だろう?お前の手の届かないところに行って、他の女の子と───」
「そんなの嫌だっ!それくらいならボインの一つや二つ錬成してやるッ」
「へ?ボイン?」
 突然声を張り上げるロイにヒューズが目を丸くする。ロイは涙目で顔を紅くしながら言った。
「ハボックはボインが好きなんだ。だから私も錬金術で……ッ」
「あー、待て待て、早まるな、ロイ」
 いくらハボックがボイン好きでもロイの胸にできたボインが好きだとは思えない。むしろボインボインと騒いでいる割には、ロイのこのスレンダーな体つきを気に入っているらしいと気づいているヒューズはロイを押しとどめて言った。
「そういう肉体改造は一番最後の手段な?それより他に良い手があるかもしれないだろ」
「……どんな?」
 せっかく一大決心でボインになろうと思ったのにと、ロイが不服そうに尋ねる。ヒューズはニカリと笑って言った。
「それを相談する為にも今夜も飲みに行こう!な?」
「………お前、単に飲みたいだけじゃないのか?」
 昨日もその前も「相談に乗ってやってるんだから」と高い酒を奢らされている。もしかしたらはなから心配などしておらず、ただ単に楽しんでいるだけかもと疑いの眼差しでヒューズを見れば、ヒューズが不本意そうに眉を寄せた。
「ひでぇな、これだけ親身に相談に乗ってやってる親友に対して。お前だって少尉に振り向いて欲しいだろ?」
 もうとっくに振り向いていることを知っていながらヒューズは言う。どうせ結果が同じなら楽しい方がいいとヒューズは笑いながらロイの頭を撫でた。
「そりゃ……。でも、書類が」
 飲みに行くとしてもその前にこの山積みの書類を何とかしないことにはホークアイがここから出してくれそうにない。だが、ヒューズは自信ありげに笑って言った。
「大丈夫。リザちゃんのことなら任せておけ」
 そう言うヒューズをロイは疑わしげに見上げたのだった。


「あーあ……、今頃大佐、何してるのかなぁ」
 ベッドに転がったまま窓から空を見上げてハボックは呟く。結局考えれば考えるほどロイへの想いは募るばかりで、決して諦めることなど出来ないことを思い知らされただけだった。
「でも、大佐に余所に出してくれって言っちゃったし」
 一時の感情で口走ってしまったことを激しく後悔してハボックは悶える。うーん、うーんと唸った末に体を起こしてベッドから足を下ろした。
「ブレダに相談しよう。それに昨日のだけじゃ語り足りねぇし」
 そう呟くと受話器を取る。そうして素早く番号を回すと相手が出るのを待った。


 リンと鳴り始めた電話の音にブレダは書類を書いていた手を止める。鳴り続ける電話を取らずにじっと睨みつけているブレダにフュリーが不思議そうに言った。
「電話、鳴ってますよ?」
「……ああ」
「あ、手が放せないのなら僕が出ましょうか」
 そう言って電話に手を伸ばすフュリーをブレダは押しとどめる。キョトンとして首を傾げる曹長にブレダは呻くように言った。
「俺が出る」
 出たくはないが出ないわけにいかない。着信番号が出ているわけでもないその電話の主が、今一番声を聞きたくない相手だと確信してブレダは嫌々ながらも受話器を取り上げた。
「もしも───」
『あ、ブレダぁ、オレオレ!』
 電話に出た時の決まり文句すら言わせず、受話器から声が飛び出してくる。予想通りの相手にブレダは思い切り顔を顰めて言った。
「なんだよ、ハボ」
『………なんか冷たくねぇ?ブレダ』
 ぶっきらぼうなブレダの声にハボックが不満そうに言う。
(そうさせてるのは誰だっつうの)
 いい加減気づけ、と思いながらブレダは答えた。
「用事はなんだ?こっちは仕事中なんだ」
 そう言えば、冷たい答えの理由を勝手に納得した様子でハボックが言う。
『なあ、今夜つきあってくれよ。相談したいことあるし』
 ちょっと甘えた口調で言う男にブレダはげんなりと肩を落とす。さっきヒューズが言っていた言葉が頭に浮かんだ。
“わんこの奴、絶対昨日言っちまった事後悔してお前さんに連絡してくる筈だから。連絡あったら絶対飲みに行けよ、いいな”
(俺に拒否権はないのか)
 なかなか返事をしないブレダにハボックが焦れて「なあ、なあ」と声をかけてくる。ヒューズの思惑通りに事を進めるのは気が進まなかったが、拒もうものならダガーと焔の餌食になるのは判りきっていて、ブレダは仕方なしに待ち合わせの時間と場所を決めたのだった。


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