傍迷惑な恋  第五章


 長い会議が漸く終わってロイは会議室を出る。総務に行くというホークアイと別れてロイはとぼとぼと廊下を歩きだした。
 会議の間中、ハボックがさっき何を渡そうとしたのか考えてみたがどうしても思い浮かばなかった。二日酔いで調子の悪い自分を気にして来てくれたハボックを、何となく話が途中のままに追い返してしまうような事になって、ロイの中に罪悪感が込み上げてくる。
(そう言えば会食をサボった事も謝ってないんだっけ)
 謝るつもりでいたのに気がつけば言い合いのようになっていた。
(だってアイツが部下と飲みに出かけて楽しかったなんて言うから)
 そう考えればロイはハボックと二人で飲みに出かけ事がないことに気づく。
(私だってハボックと飲みに───)
 そう思ってからロイはハアアとため息をついた。
(私が行くような店はハボックは嫌いなんだろうな。でも、ハボックが喜びそうな店なんて判らないし)
 そもそも一緒に飲みに行こうなどと誘ったところで、上司と二人なんて冗談じゃないと一蹴されるに違いない。そんな事を考えながら廊下を歩いていればいつの間にか司令室にたどり着く。ハボックの顔を見て何を言えばいいのか判らないままガチャリと扉を開けばそこにはフュリーしかいなかった。書類から顔を上げたフュリーが「お帰りなさい」と笑顔を浮かべる。ロイは主のいない机を見て言った。
「ハボックは?」
「少尉ならずっと戻ってきてません」
「演習か?」
「んー、特にそう言う予定とは聞いてませんけど」
 首を傾げるフュリーの言葉にロイは一つため息をつく。それがホッとしてなのか、残念に思ってなのか、ロイ自身判らないでいるとフュリーが言った。
「探してきましょうか?」
「えっ?」
「ハボック少尉。何か用事があるんでしょう?」
 そう言いながら立ち上がるとフュリーはにっこりと笑う。
「すぐ連れてきますから、大佐は安心して待ってて下さい」
「う、うん……」
 満面の笑顔を浮かべて言うフュリーに気圧されるようにロイが頷けば、フュリーはバタバタと司令室を出ていく。半ば呆然として元気な曹長の背中を見送ったロイは、ハッとして執務室に駆け込んだ。中に入り閉めた扉に背を預けて顔を赤らめる。
「どうしよう、探しに行って貰ってもハボックになんて言ったら」
 わざわざ来てくれたのにさっきはすまなかった、というのも変な気がするし、昨日は会食をサボって悪かったというのも今更だ。
「ハボック……」
 いっそどこかに隠れてしまおうか。ドキドキする心臓を抱えながらうろうろと執務室の中を歩き回るロイだった。


「ええと、ハボック少尉が行きそうなところって……」
 そう呟きながらフュリーはきょろきょろと辺りを見回す。近くの休憩所を覗いてみたが目指す長身は見あたらず、フュリーは小隊の詰め所に向かった。
「大佐、元気なかったなぁ。きっと朝からハボック少尉と喧嘩しちゃったからだ」
 迷子の猫のようにしょんぼりとしたロイの姿を思い出してフュリーは独りごつ。バタバタと階段を駆け降りながらフュリーは言った。
「大佐も少尉もさっさと好きって言っちゃえばいいのに」
 二人の気持ちに全く気づいていなかったフュリーが漸くその事に気づいたのはつい最近だ。それもブレダがうんざりとしてぼやくのを聞いたのがきっかけだった。
『好きなら好きでさっさとくっついてくれねぇと、こっちの身が持たねぇよ』
 ブレダがそう言うのを聞いて、フュリーはやっと二人の気持ちに気づいたわけだが、なかなか素直に気持ちを打ち明けられないでいるらしい二人を見ていて、いつか機会があれば仲を取り持ってあげたいと思っていたのだ。
「いつも二人にお世話になってるんだから、ここは僕が一肌脱がなくちゃ!」
 フュリーはそう言ってムンと拳を握り締めると、ハボックを探して廊下を駆けていった。


「あーあ」
 肺の中の空気を全部吐き出して、床に座り込んだハボックは抱えた膝の間に顔を埋める。さっき詰め所に来てからずっとため息をつきっ放しのハボックに、部下たちは顔を見合わせた。
「隊長、何かあったんですか?」
 ハボックの側にしゃがみ込んでアダムスが言う。椅子の背を抱え込むようにして座っていたベアードも言った。
「俺たちで力になれることなら何でも言ってくださいよ、隊長」
 その言葉に周りにいた他の部下たちも頷く。ハボックは膝の間から顔を上げると力なく笑った。
「おまえ等、ホントいいヤツだな。こんなオレにそんな風に言ってくれるなんて」
 ハボックがポツリと言えば部下たちが声を上げる。
「当たり前ですよ、俺たちにとっちゃ隊長は大切な人なんですから!」
「そうですよ!隊長が元気ないと俺たちまで元気なくなっちまうんです!」
「隊長の悩みは俺たちの悩みですから!何でも言ってくださいっ!」
「隊長に妙なちょっかい出すヤツがいるなら俺たちがぶん殴って追い払ってやりますからッ」
 口々に言う部下たちをハボックは感動に涙を浮かべて見回す。それからハア、とため息をついて言った。
「オレも大佐にそう言えたらなぁ」
「隊長?」
「でも、大佐はオレのことなんかよりヒューズ中佐の方を頼りにしてんだ。オレのことなんてこれっぽっちも必要としてないんだよ」
 ポツリと寂しそうに言うハボックに部下たちは顔を見合わせる。それからドッとハボックを取り囲んで言った。
「俺たちには隊長が必要ですッ!!」
「そうですっ、俺たちには隊長しかいないんですッ!!」
「隊長の事必要ないなんて言うマスタング大佐なんてどうでもいいじゃないですか!隊長は俺たちの隊長なんですからッ!!」
「ははは、ありがと、みんな……」
 半ば涙を浮かべて力説する部下たちにハボックは力なく笑う。本当は他の誰でもないロイにこそ必要として欲しいのに、と心の中で思いながらそっとため息をついた。


「ええと」
 小隊の詰め所を前にフュリーは困ったように眉を顰める。勢い込んで来てはみたものの、フュリーはこのハボック小隊の詰め所と言うところが少々苦手だった。
「怖いんだよなぁ、なんだか」
 いくら小柄でどちらかと言えば実戦よりも機械弄りの方が得意とは言え、フュリーだって軍人の端くれだ。自分よりふた周り大きい相手だろうと別段怯んだりするつもりはないが、ハボック小隊の連中は少々話が違った。
「隊員以外は全部敵、みたいな感じだからなぁ、ここの人たち…」
 ハボックの事を隊長として尊敬しているのは判る。だが彼らのは行き過ぎではないかと、ロイの側近として一緒にいると言うだけで普段から敵視されているフュリーとしてはそう思うのは仕方ないと言えた。
「でも、せっかくここまで来たんだしっ」
 フュリーはそう呟いて腹に力を込めると扉に手を伸ばす。フュリーが開けるより一瞬早く、ガチャリと開いた扉からフュリーの3倍は体重がありそうな男が出てきた。
「何かご用ですか?」
 口調だけは丁寧に、だが敵視する目つきでフュリーを見て男が言う。フュリーはにっこりと笑って言った。
「ハボック少尉はいるかな?」
「隊長は今取り込み中です」
 男はそう言ってフュリーを見る。どうしようかと思案する様子のフュリーに向かって言った。
「曹長どの、マスタング大佐は我々の隊長をどう扱っておられるのでしょうか」
「え?」
「隊長はああいう人ですからマスタング大佐の為にといつも一生懸命です。しかし、大佐は隊長を必要ないと言っておられるとか。そんな風に言われて、隊長もこれ以上マスタング大佐の側には居たくないと我々に漏らしているんですっ!」
「ええ?大佐の側に居たくない?」
「あんまりですっ、あまりに隊長が可哀想でっ!」
 そう言ってオイオイと泣き出す男にフュリーはひきつった笑いを浮かべてそそくさとそこから逃げ出す。司令室に戻りながらフュリーは首を捻った。
「おかしいなぁ、ハボック少尉、大佐のことどうでもよくなっちゃったのかな」
 二人が想いあってるとばかり思っていたのに事態は変わってきているのだろうか。そんな事を考えながら司令室に戻ったフュリーは、大部屋を横切り執務室の扉をノックした。入室の許可を得て扉を開ければロイが期待に満ちた視線を向けてくる。フュリーが一人なのを見てがっかりしたものの、それを表には出さずにロイは言った。
「見つからなかったのか?ハボックのヤツ」
「はあ、それがその……」
 なにやら言いにくそうに口ごもるフュリーにロイは眉を顰める。もしかしてハボックが怒っているのではと、心配になってボソボソと言った。
「もしかして、その、怒ってたか?」
「いえ、怒ってるというか、大佐の部下でいるのが嫌だとかなんとか……」
「……え?」
「あ、いやいやいや、直接聞いたわけじゃないですから!きっと僕の勘違いですよ、大佐っ」
「……部下でいるのが嫌…?」
 思わずポロリと零してしまった言葉をフュリーは慌てて否定する。だが、呆然とするロイの耳にはフュリーの声は届いてはいなかった。


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