| 傍迷惑な恋 第四章 |
| ガチャリと会議室の扉が開いて次々と軍人たちが出てくる。その一番最後から澄ました顔で出てきたロイは、ハボックの顔を見るなりふにゃんと上半身を倒した。 「ハボック、私はもうダメだ。後のことは中尉に任せて───」 「何アホな事言ってるんスか」 ハボックは呆れた顔でロイの襟首を掴むと体を起こす。 「あ、総務の女の子が来た」 ポツリと呟くように言えば、途端にロイの背が伸びた。 「マスタング大佐」 頬を染めて軽く会釈して通り過ぎていく女子職員にロイはにこやかに頷き返す。彼女の姿が廊下の角を曲がって見えなくなってしまうと、ロイは大量の息を吐き出して壁に寄りかかった。 「アンタってホント女の子の前ではええカッコしいっスね」 ハボックはそう言って思い切り顔を顰める。 「二日酔いだからってだらしない格好をしてるからお前は女性にモテんのだ」 そう言ってフンと鼻を鳴らすロイを睨んでハボックは低く言った。 「辛そうだったからわざわざ様子見に来たのに」 「え?」 ムスッとして言うハボックをロイは慌てて見る。そういえば会議の前にも色々気遣ってくれた事を思い出して、ロイが口を開こうとするより一瞬早く、ハボックがポケットから小瓶を取り出した。 「大佐、これ───」 「おう、ロイ。調子どうよ」 その時、言いかけたハボックの言葉を遮るようにヒューズの声がする。 「ヒューズ」 その声にロイが顔を向ければ、向こうからやってきたヒューズがロイに向かって軽く手を上げた。それから壁に寄りかかるロイの顔を覗き込んで言った。 「まだよくなってないみたいだな。ほれ、これ」 ヒューズはそう言って手にした小瓶をロイに渡す。茶色の液体が入っているそれを見て、ロイは訝しげに言った。 「なんだ、これ」 「滋養強壮剤。二日酔いによく効くのよ、これが」 そう言われてロイは小瓶の蓋をキュッと捻る。プンと香草の香りがして、ロイはちょっと躊躇った末、クイとそれを飲んだ。 「マズ……」 「そう言うな、良薬口に苦しっていうだろ」 ヒューズは笑ってロイの肩を叩く。 「これでこの後の会議もバッチリ間違いなし!な?」 そう言ってニカッと笑ったヒューズは、漸くそこにハボックが立っていることに気づいた。 「おう、少尉。そんなとこで何やってんだ?」 「別になんもしてないっスよ。中佐が来たんならオレはもう行きます」 ハボックはキッとヒューズを睨むと、手をポケットにつっこんで二人に背を向けドカドカと廊下を歩き出す。角を二つほど曲がって完全に二人から遠ざかるとポケットから小瓶を取り出した。 「せっかく買ってきたのに……あんのクソ髭」 ため息混じりにそう言ってハボックは瓶の中の茶色い液体を見つめる。 「………オレが飲も」 ポツリと言って蓋を開けるとグーッと一気に飲み干したのだった。 「……なんか俺拙い事したか?」 もの凄い勢いで走り去ってしまったハボックに目を丸くしてヒューズは呟く。ロイの方を見ればハボックが歩き去った方をじっと見つめる黒い瞳が目に入った。ロイはハボックが一体何を渡そうとしたのだろうと思ったが、ヒューズの声に思考が遮られた。 「おい、いいのか?次の会議」 「あ」 その言葉にロイは慌ててヒューズに礼を言うと、次の会議室目指して廊下を駆けていったのだった。 「お、ハボ。どこ行ってたんだよ」 ブレダは書いていた書類から顔を上げて司令室に戻ってきたハボックを見上げる。ハボックは椅子を引いてドサリと腰掛けるとぺしょりと頬を机に預けた。 「べつにぃぃ……」 はああ、とため息をつくハボックの頭をブレダはペンでちょんちょんとつつく。それからちょっとだけ嫌みを込めて言った。 「ほら、書類より大事なお前の大佐が二日酔いで苦しんでるぞ。何とかしてやったらどうだ?」 「………中佐が差し入れしてたからオレなんて必要ねぇよ」 「へ?中佐が?」 ブレダがキョトンとすればハボックは肺の中の空気を全部吐き出す勢いでため息をつく。それからガタンと立ち上がって言った。 「どうせ大佐はオレなんかより中佐の方をずっと頼りにしてんだから!オレなんて出る幕ねぇもんッ!大佐はオレの事なんて、これっぽっちも気にしちゃいねぇんだッ!」 「あ、おい、ハボ!」 ハボックは泣きそうな顔でそう大声で言うとバタバタと司令室を飛び出していく。ポカンとしてその背を見送ったブレダは、がっくりと肩を落とした。 「全くもう、いい加減にしろよ……」 なんだか酷く疲れてしまって、ブレダはゴンと机に突っ伏したのだった。 司令室から走り出たハボックは段々と速度を落とし、最後にはのろのろと歩く。そのうち足が止まって立ち尽くすと足下をじっと見つめた。 「やっぱ中佐のこと、頼りにしてんだろうな……」 夕べも結局自分の言うことには耳も貸さずにヒューズと飲みに出かけてしまった。ついうっかり過ごしてしまうほど楽しい時間だったのだろう。 「オレも大佐と飲みに……」 そう言いかけてハボックはため息をつく。 「自分で言ったじゃん。あの人が行くような洒落た店、オレには行けねぇもん……」 どんなに好きでもどうせ相手になどして貰えない、ハボックはそう思うとトボトボと廊下を歩いていった。 さっき飲んだドリンク剤のおかげで幾分スッキリとした顔で、ロイは会議室の中を見回す。長いばかりの会議にうんざりとしたため息をつけば、横に座ったホークアイがジロリと睨んできた。その視線にロイは慌てて背筋を伸ばして書類を見るフリをする。だが、思考はハボックの事へと向かっていた。 『頭、痛いんでしょ?少し冷やすといいっスよ』 『レモネードっス。薬は飲んで来たんスよね?』 『辛そうだったからわざわざ様子見に来たのに』 ハボックは大雑把なように見えて、実は意外と細やかなところがある。今朝もあんな風に言い合った後にもかかわらず、自分の事を気にかけてくれたハボックの優しい空色の瞳を思い出して、ロイは胸がキュンと痛くなった。 (でも、別に私にだけ優しい訳じゃない……) そう思えば以前ハボックが、山盛りに書類を抱えた女子職員にさりげなく手を貸していたことを思い出した。 (ええカッコしいなんてしなくても、アイツはモテるんだ) ロイ自身の人気に隠れて目立たないが、ハボックも女性の視線を集めていることをロイは知っている。 (私だけに優しくしてくれればいいのに) あの空色の瞳を独占できたらどれほど幸せだろう。その時、ふとさっきのハボックの言葉が頭に浮かんだ。 『大佐、これ───』 そう言ってポケットから何か出そうとした。 (何を渡すつもりだったんだろう) ヒューズの事など放っておいてハボックの話を聞けばよかった。ロイはそう考えて深いため息をついた。 ホークアイは隣の席でハアとため息をつくロイをそっと伺う。その心ここにあらずといった様子に、綺麗な眉を寄せた。 (こういう顔をしている時に考えているのは一つね) そう思って心の中に背の高い男の姿を思い浮かべる。 (本当に困った人たち) 誰がどう見ても互いに想い合っているのは一目瞭然だ。それなのにどうして本人たちだけが気づかないのだろう。 (とはいえ、私がどうこうするというのも) 正直な話、上司と部下の、それも男同士の仲を取り持つなど考えたくもない。だが、このままこの状態が続けば自分の精神衛生上非常によろしくないことも確かだ。 (ホントにもう……ッ) どうして自分がこんな事で悩まねばならないのか。ホークアイはうんざりとしたため息をつくと、いっそ二人を撃ち殺したらスッキリするのではないかと、物騒な事を考えてしまうのであった。 |
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