傍迷惑な恋  第三章


「おはようございます」
「おう」
「はよーっス」
 連れだって司令室に入ってきたブレダとハボックにフュリーが言う。どちらもそれぞれに疲れた顔をしているのを見てフュリーは首を傾げた。
「なんだかお疲れですね。もしかして二日酔い?」
 聞かれて苦虫を噛んだような顔をしたもののブレダは何も答えずに腰を下ろす。
「あー、まあな…」
 ハボックの方はげんなりとそう答えながらそろそろと椅子に座った。ちょうどその時、執務室から書類を手にホークアイが出てくる。ハボックの顔を見るとその形のよい眉をひそめた。
「ちゃんと出てこられたようね。あの後はすぐ家に戻ったの?ハボック少尉」
「え?」
 突然そう聞かれてハボックが目を丸くする。どうして夕べ自分が深酒したのを知っているのだろうと不思議そうな顔をするハボックにため息をついてホークアイは言った。
「昨日の会食、大佐はサボったのね?」
「あ、はい!そうなんスよーッ、オレはちゃんと出てって言ったんスけど!」
 どうしてそんなことまで知っているのだろうと思いつつ、ロイの事を訴えるのが先とハボックはガタガタと立ち上がる。その拍子に頭にズキンと響いたが、それをこらえてハボックは続けた。
「大佐ってばヒューズ中佐が来たもんだからいそいそと飲みに行っちまったんスよ!大体親友だかなんだか知らないけど、ベタベタし過ぎなんスよ!その上仕事をおろそかにするなんて絶対許せねぇっスよね!」
 ちょっと聞く分には至極真っ当なことを言っているように聞こえるが、そこここに私情が見え隠れしている事に気がつけば3割方は耳を塞いだ方がいいだろう。ホークアイはひとつため息をつくと尚も言い募ろうとするハボックを制して言った。
「大体の事は判ったわ。大佐には私からよく言っておくから貴方はもう忘れなさい」
 夜中に人の家の電話のベルを鳴らして喚いた事は忘れようにも端から覚えていない様だけど、と思いながらホークアイは軽く首を振る。不満げに見つめてくる空色の視線に気づいて軽く睨めば、ハボックはムスッとしながらも椅子に腰を下ろした。


「うう、頭が痛い……」
 司令部に着いた車から下りるなりズキンと痛む頭を押さえてロイは呻く。そろそろと階段を登って司令室へと歩いていけば、行き交う女性職員達から朝の挨拶を投げかけられ、ロイは痛みをこらえて笑顔を返した。漸く目指す扉に辿り着いてそれを開けるとフュリーの元気な声に迎えられる。こういう朝はその明るさはいっそ暴力だと内心思いながら挨拶を返したロイは、自席から自分を見つめるハボックに気づいて眉間に皺を寄せた。
「やあ、ハボック。夕べは随分楽しかったようだな」
 精一杯爽やかな笑みを浮かべて言えばハボックがムッと顔を顰める。だが、すぐに満面の笑みを浮かべて言い返した。
「大佐こそ、仕事サボってまでヒューズ中佐と飲みに出かけて、さぞかし楽しかったんでしょうね」
「勿論、とっても楽しかったとも!」
 飲んでいた時間の大半はヒューズの最愛の娘の写真で埋め尽くされ、正直辟易していたのだがそれは口に出さずにロイは笑う。そうすれば瞬間、ハボックの顔に浮かんだ傷ついたような表情にロイはズキリと胸が痛んだ。
(そう言えば今朝会ったら会食をサボった事を謝るつもりだったんだ)
 一生懸命サボっちゃダメだと言うハボックの言葉を無視して飲みに行ってしまったことに、罪悪感を覚えていた事を今更ながらに思い出してロイは眉を寄せる。だが、次にハボックが言った言葉でその罪悪感も綺麗に吹き飛んでしまった。
「オレも小隊の連中と一緒ですっげぇ楽しかったっスよ。アンタみたいに澄ました店にゃ行けませんけど、手の掛かる上司抱えたオレをみんなで慰めてくれて、オレって上司にゃ恵まれてないけど部下には恵まれててホントよかったっスよ」
 フンと鼻を鳴らして言うハボックにカッとなったロイが言い返そうとした時。
「おはようございます、マスタング大佐」
 氷の結晶をまとった綺麗な声が聞こえてロイはギクリとする。そろそろと後ろを振り向けばホークアイの冷ややかな視線と目が合った。
「やあ、おはよう、中尉」
「夕べは随分と楽しく過ごされたご様子ですけれど、会食の方はどうなされたのでしょう」
 ニコリともせずに言うホークアイにロイは必死に言い訳の言葉を探す。だが、冷たい鳶色の瞳に言葉を見つけられず、がっくりと項垂れた。
「すまん、中尉。ヒューズが来ていたのでつい……」
 素直にそう言えばホークアイがひとつため息をつく。
「大佐」
 と、促されて、ロイはホークアイと一緒に執務室へと入っていった。


「さすが中尉。大佐が一言も言い訳出てこなかったな」
 一部始終を見ていたブレダが感心したように言う。ロイが消えていった執務室の扉をじっと見ているハボックに向かって言った。
「お前もあれくらい上手く大佐をコントロールできるようになれよ」
「んだよ、それ」
 その言葉にムッとして見つめてくる空色の瞳にブレダは言う。
「ヒューズ中佐と二人で飲みにいって欲しくねぇんだろ?だったらもっと上手く言えっての」
「べっ、別にオレは中佐と飲みに行くのが嫌だなんて言ってねぇだろっ」
 自分でも思ってもみないところをつつかれてハボックは声を荒げる。
「オレはただ仕事をサボっちゃいけないって言ってるだけで!」
「でも、少尉、ヒューズ中佐が来られるともの凄く機嫌悪くなりますよね」
 その時サラリと一言口を挟まれてハボックはその言葉の主を見る。ハボックは垂れた目を吊り上げてフュリーを睨むと言った。
「オレがいつ、中佐がくると機嫌が悪くなったっていうんだよ」
「いつっていうより、いつもなんじゃ」
「はあっ?別に機嫌悪くなんてなってないだろっ、いい加減な事言うなよ、フュリー」
 ズイと大柄なハボックに凄まれてフュリーはひきつった笑みを浮かべる。ちょうどその時、司令室の扉が開いてヒューズが姿を見せた。
「おう、ロイの奴、ちゃんと来てるか?」
「あ、ヒューズ中佐、おはようございます」
「ちゃんと、って、ちゃんと来られないような理由があるんですか?」
 ヒューズの顔とハボックの顔とを見比べながらブレダが尋ねる。ヒューズはボリボリと頭を掻きながら言った。
「ああ、昨日ロイの奴飲み過ぎててな。すんげぇ二日酔い」
 ヒューズはそう言いながらロイの部下達を順繰りに見まわす。ハボックのところまで来ると何か言いたげにその煙草を咥えた顔をじっと見た。
「なんでアンタが一緒でそんなに酒飲ますんスか。大佐、今日は会議が詰まってて大変なのに」
「俺だって止めたんだよ」
「んな事言って、どうせエリシアちゃんの写真を肴に長いこと大佐につき合わせたんでしょう?」
「あのなぁ」
 長いことつき合わされたのは自分の方だと、しかも肴はお前だとは流石に言えずにヒューズはガックリと肩を落とす。その時、ガチャリと執務室の扉が開いてホークアイが出てきた。
「お、リザちゃん。ロイの奴、大丈夫か?」
「ヒューズ中佐」
 お気楽に声をかけてくるヒューズにホークアイは顔を顰める。ホークアイがヒューズに釘をさすのを聞きながら、ハボックは立ち上がると足早に司令室を出ていった。


「はああ……」
 ホークアイから一通りお小言を貰って、ロイはガックリと机に突っ伏す。お小言など大したことないと思っていたが、二日酔いの体にはこたえた。
「今日はこの後会議か………」
 会食よりこっちの方こそいっそサボり倒したい。ロイがそう思ったとき、ノックもなしに扉が開いた。
「大佐」
 その声に入ってきたのがハボックだと知れてロイは眉を顰める。まだ何か言いたいことがあるのかとムッとしながら顔を上げたロイの額にピタリと冷たい冷却シートが押しつけられた。
「頭、痛いんでしょ?少し冷やすといいっスよ」
 そう言って見つめてくるハボックをロイは目を丸くして見つめる。ノックをしなかったのは自分が頭痛に苦しんでいるのを知っていたからだとロイは気づいた。ハボックがトレイに載せていたグラスをロイの前に置いて言った。
「レモネードっス。薬は飲んで来たんスよね?」
「あ、ああ」
「なら今すぐは飲まない方がいいっスね」
 時計を見ながらハボックは言う。ロイはグラスに手を伸ばすとそっと口を付ける。カランと氷の鳴る音と共に口に広がった爽やかな甘さにロイはホッと息を吐いた。
「……ありがとう、ハボック」
「どういたしまして」
 そう言って笑う空色の瞳を、ロイは眩しそうに見上げた。


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