傍迷惑な恋  第二章


「なあ、ロイ……その辺でそろそろやめておいた方がいいんじゃないかなぁって」
 ヒューズはロイの顔をのぞき込むようにして言う。もう殆どカウンターにへばりついている状態でロイは答えた。
「はあ?なに言ってんだ、ヒューズ。まだ全然飲んでないだろうっ」
「全然、って、お前それ何杯めだよ」
 ヒューズは顔をしかめてそう言うとロイの手からグラスを取り上げようとする。だが、ロイはそのヒューズの手を振り払うとバーテンに向かってグラスを突き出した。
「おかわりッ」
 ぐいぐいとグラスを突き出すロイにバーテンはひきつった笑みを浮かべる。明らかにロイは飲み過ぎていたし、連れのヒューズが必死に目配せで「ダメだ」と繰り返していたからだ。
「ええと、お客さま、この酒よりもっとオススメの酒があるんですが如何ですか?」
「オススメぇ?これより強いのかぁ?」
「はい、今のお客さまの気分にピッタリかと思います」
 バーテンはそう言ってシェーカーの中に何種類か液体を注ぐと慣れた手つきで振る。それを見ていたロイはカウンターに頬をくっつけてヒューズに言った。
「なあ、ヒューズ……ハボックの奴いっつも部下たちとベッタリし過ぎだと思わんか?」
「は?少尉?…まあ、あそこの小隊の連中はハボック親衛隊みたいなもんだからな」
「親衛隊ッ!」
 ヒューズの言葉にロイはガバッと立ち上がる。
「なぁにがハボック親衛隊だ、ハボックは私の部下だぞっ……勝手にそんなもの結成しやがって……」
「ロイ?」
 宙を睨んで言うロイをヒューズは心配そうに見た。とりあえず落ち着かせようとその肩に手を伸ばす。
「赦せんッッ!!」
 だが、次の瞬間そう怒鳴ったロイにギョッとして、ヒューズは伸ばしかけた手を引っ込めた。どうしようかと思っていると、シェーカーから注いだグラスをバーテンがロイに差し出す。
「どうぞ」
 と、にっこり笑うバーテンを胡散臭そうに見つめたロイはグラスを受け取ると、一気にググーッと飲み干した。
「…………」
 そうしてボーッと宙を見ていたロイはドサリと椅子に腰を下ろし、グラスを握り締めたままカウンターに突っ伏す。その唇からスウスウと寝息が聞こえてきて、ヒューズは「はああ」とため息をついた。
「なにを飲ませたんだ?」
 まさか酒じゃないだろう?と尋ねればバーテンが苦笑する。
「ハーブティですよ。ちょっとした鎮静効果のある」
「なるほど。助かったよ」
 ヒューズはやれやれと肩を落として一つため息をついた。それから懐から財布を取り出して札を数枚カウンターに置く。
「騒がせたな、すまなかった」
 そう言って完全に潰れてしまったロイの腕を肩に回して立たせた。
「いいえ、またいつでもどうぞ」
 ヒューズはそう言うバーテンの言葉を背中で聞きながら手を振ると店から出る。潰れたロイを放り出す訳にも行かず、ゆっくりとロイの家へ向かって歩き出せば、肩越しにロイの声が聞こえた。
「ハボックのばかぁ……」
「………バカはお前だろうが、ロイ」
 ムスッとしてそう言い返しても相手は夢の中だ。ヒューズはその夜何度目になるか判らないため息をついて、ロイを支えて歩いていった。


 そろそろ休もうとしていたホークアイは、静まり返った部屋に響き渡る電話のベルに形のよい眉をひそめる。こんな深夜の電話などいいことがあるわけない。そうは思ったものの出ないわけには行かず、ホークアイはため息を一つついて受話器を取った。
「はい」
 そう言って耳を澄ますが答えがない。ホークアイは受話器を耳に押しつけるようにして言ってみた。
「もしもし?」
 押しつけた受話器からはなにやら大勢の人が喋っているような、食器がぶつかり合うような音が聞こえてくる。ただの間違い電話だろうかとホークアイが受話器を置くか置くまいか悩んでいると、受話器から声が聞こえた。
『あー、ちゅういぃ?』
 受話器から聞こえた声にホークアイは鳶色の瞳を見開く。間延びしてはいるものの、その声はよく知っている相手のものだった。
「ハボック少尉?どうしたの?こんな時間に」
 正直事件でもない限りは他人の家に電話をするような時間ではない。何事かとホークアイが尋ねればハボックが答えた。
『聞いてくださいよー、ちゅういっ、大佐ってばぁ、今日の会食ぅ、サボったんすよー』
「サボった?どう言うことかしら?」
 あれだけ念を押しておいたのに例によってロイは会食をドタキャンしたらしい。少しトーンの下がった声で尋ねるとハボックが言った。
『それがねっ、ヒューズちゅうさが来てたんスけどっ、たいさに会食なんてサボっちまえって言ってぇ、たいさの事つれて行っちまったんスよーッ!オレはダメだって言ったのに、ひでぇでしょっ、あの髭おやじ!たいさだってすっげ嬉しそうにちゅうさと出て行っちまうしー!ひでぇっスよねぇ!』
「…………少尉、あなた酔ってるわね」
 背後に聞こえる喧噪は酔客の声だと気づいてホークアイは言う。だが、ハボックはそんなホークアイの声など全く聞こえていない様子で喋り続けた。
『オレはね、ちゃんと会食出てくださいって、言ったんスよ?それなのにー、たいさってばちゅうさと二人で飲みに行っちゃうなんてッ』
 ヒドいっスーッ!と泣き出すハボックにホークアイはうんざりとため息をつく。側で小隊の部下らしき男達が「隊長、しっかり!」などと言っているのを聞きながらホークアイは言った。
「詳しい話は明日司令部で聞きます。少尉、あなたは今すぐ家に帰って寝なさい、いいわね?」
 そう言えば受話器の向こうから涙声で「アイ、マァム」と答えるのが聞こえる。ホークアイは叩きつけたい気持ちを抑えて殊更そっと受話器を置くと、数度深呼吸を繰り返した。
「まったくもう……」
 あの調子ではここに電話してきたことを覚えているかも怪しいものだ。ホークアイはキッチンに行って水をグラスに注いで一気に飲み干し気を落ち着かせると、明日に備えてベッドに潜り込んだのだった。


「あいたたた……」
 ベッドに身を起こしてロイは低く呻く。額を押さえたまま身動き出来ないでいると寝室の扉が開いてトレイを手にしたヒューズが入ってきた。
「おう、目が覚めたか、ロイ」
「……ヒューズ?どうしてここに?」
 いるはずのない男の顔を朝一番に見て、ロイは不思議そうな顔をする。そんなロイを見てヒューズは思い切り顔を顰めた。
「やっぱり覚えてねぇのか……」
 ヒューズはそう言ってため息と共にガックリと肩を落とす。夕べはあの後も大変だった。家の近くで目を覚ましたロイがハボックの悪口をがなり立てるのを必死に宥めながら家へと連れ帰り、なんとか寝かしつけたのだ。
「覚えてない?何をだ?飲みに行ったのは覚えてるが、なんだお前、ホテルに帰らずにこっちにきたのか」
「………好きで来たんじゃねぇけどな」
 呆れたように言うロイにヒューズはうんざりと答える。それからグラスと頭痛薬の載ったトレイをベッドサイドのテーブルに置いて言った。
「悪いけど、一度ホテルに寄りたいから帰るからな。薬飲んでちゃんと司令部に行けよ」
 ヒューズはそう言ってあたふたと部屋を出ていく。その背を見送ったロイは頭痛のする額を押さえてそっと息を吐いた。
「………そんなに飲んだか?」
 ロイはそう呟いて夕べの事を思い出そうとする。会食をサボってヒューズと飲みに出かけ、そうして───
「ハボック……」
 小隊の部下達と楽しそうにしていたハボックの顔を思い出した途端、ロイは怒りに任せてサイドテーブルの足を蹴飛ばした。
「…いたたたた」
 その拍子にズキーンと頭に痛みが走ってロイは蹲る。
「………何もかも全部ハボックのせいだ…っ」
 ロイは歯を食いしばってそう言うと、薬に手を伸ばしたのだった。


「あー、空が黄色い……」
 ハボックはそう呟いて立ち止まる。漸く司令部の入口が見えて、ホッと息を吐いた。
「あー、くそ……飲み過ぎた…」
 奢ると言われてついつい飲み過ぎてしまった。誰かに家に帰って寝るようにと言われてアパートに帰ったのだが、もしそう言われなければ朝まで飲み続けていたかもしれない。誰だかしらないが止めてくれてよかったと思いながら歩き出せば、後ろから聞き慣れた声がした。
「おう、ハボ」
「あ、ブレダ、おはよ」
 ハボックはブレダを待って並んで歩き出す。友人の疲れた顔を見て、ハボックは不思議そうに言った。
「どうしたよ、なんか疲れてんじゃん」
「あ?まあな、せっかく出来上がった書類、もう一度作り直す羽目になったもんでよ」
「出来上がった書類を?なんで?」
 きょとんとして尋ねるハボックをブレダは足を止めて恨めしげに見る。だが、ため息をついて首を振ると何も言わずに歩き出した。
「え?なあ、ブレダ、なんで?」
「うるせー、てめぇの胸にききやがれ」
「えっ?どういうこと?」
 なんで?としつこく聞いてくるハボックを無視して、ブレダは足早に歩いていった。


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