| 傍迷惑な恋 第一章 |
| 「大佐、そろそろ時間っスよ」 カチャリと執務室の扉を開いてハボックは言う。ロイ一人だとばかり思っていた執務室にもう一人、別の男の姿を認めてハボックは目を見開いた。 「ヒューズ中佐」 「おう、少尉。久しぶりだな、元気してたか?」 ロイの親友だという中央の中佐は、ニヤリと食えない笑みを浮かべてハボックを見る。ハボックは扉のところに立ち止まったまま答えた。 「まあ、そこそこ元気っスよ。それより中佐、いつセントラルから来たんスか?」 ヒューズが来るなんて話は聞いていなかった。しかも自分が見ていない隙に執務室に入っているなんて。 「んー?30分くらい前かな。なに、ロイ。お前この後予定入ってんの?」 棘のあるハボックの口調も気にせず答えたヒューズは、体を預けた机の主を見て尋ねる。ロイは嫌そうに鼻に皺を寄せて答えた。 「ああ、くだらない会食がね」 「くだらないって言うくらいならお前が出なくても特に支障はねぇんじゃないの?」 ヒューズはそう言って「サボっちまえ」とロイをそそのかす。その提案にパッと顔を輝かせるロイにハボックは言った。 「ダメっスよ、大佐。中尉に重々言われたっしょ?」 今日、用事で司令部を空けているホークアイに「きちんと会食に出るように」と厳しく言われている。だが、ロイはヒューズの提案ですっかり会食にでる気をなくしてしまったようだった。 「別に構わんだろう?特別重要な案件を話すわけじゃなし。先方にはうまく言っておいてくれ」 「そうそう。じゃあ、ロイ、今夜は飲みに出かけようぜ」 ヒューズはそう言ってロイを促す。連れだって出ていこうとするロイをハボックは慌てて追いかけた。 「ちょっと、大佐!マジやばいっスって!」 「まあまあ、頼んだぜ、少尉」 ヒューズはそう言ってニカッと笑うとハボックの背中を思い切り叩く。その勢いに思わずゲホゲホとハボックが咳込んでいる間に、ヒューズはロイを連れて出て行ってしまった。 「なんだよ、あれ!」 執務室の入り口でハボックはダンダンと足を踏みならす。ハボックはその勢いのまま大部屋を横切ると、書類を書いているブレダの机をバンッと叩いた。 「なあ、ブレダ!あれ、どう思うっ?」 ハボックはそう怒鳴ってロイ達が出ていった扉を睨んで言う。ギリギリと歯を鳴らす友人をチラリと見上げたブレダは答えた。 「あー、まあ困ったもんだわな」 「困った?困ったなんてもんじゃねぇだろっ!会食すっぽかさせたんだぜっ、あの髭オヤジ!!」 ハボックは言ってブレダの机を力任せに叩く。叩かれた机の上に載っていた書類が、ハボックの拳の直撃を受けてクシャリと歪んだ。 「ああまあ、いいんじゃね?」 ブレダはそう言いながら歪んだ書類を手元に引き寄せそっと伸ばす。あまり気のないブレダの返事にハボックがムッとして言った。 「なにがいいんだよ、ちっともよくねぇだろ!大体いっつもいっつもいっつも!大佐の仕事の邪魔しやがんだ、ヒューズ中佐は!」 「あー、そうだな」 ヒューズが今夜のロイの仕事の邪魔をしたのは事実だ。だが、それ以上にヒューズが来る度ハボックの機嫌が必要以上に悪くなるのも事実だった。 ハボックはおざなりな返事を返すブレダを目をつり上げて睨む。その手から書類を取り上げて言った。 「あのなぁ、お前ももっと怒れよ、ブレダ!」 「あっ、おい!」 怒れと言われても今日の会食ドタキャンはさほど実害があるものでもない。せいぜいホークアイにお小言をくらうくらいだ。それよりもハボックに奪われた書類の方が大事とブレダは手を伸ばした。 「ああ、確かに困るよなぁ、ホント!だからその書類返してくれ」 ブレダはそう言ってハボックの手から書類を奪い返そうとする。だがハボックはいきなり書類をクシャクシャと丸めて言った。 「お前なぁ、書類と大佐とどっちが大事だと思ってんだよ!」 「今の俺には書類だっ!あああ、なにするんだっ!」 「バカ言え!大佐より大事なもんがあるかよ!ちっくしょ、あのエロ髭!」 ハボックはそう怒鳴ると丸めた書類をゴミ箱に放り込む。そのまま足音も高く司令室を飛び出していってしまった。 「冗談じゃねぇよ……」 ブレダはそう言ってゴミ箱から書類を拾い出す。あとサインをすれば完成というそれの無惨な姿にがっくりと床に手をついたのだった。 「くそうッ!ムカつく、あの髭オヤジッ!!」 ハボックは口汚くそう罵りながら司令部の廊下を歩く。ドスドスと行く手を塞ぐものは容赦なく踏み抜きそうなその様子に、行き交う軍人たちが皆道を開けた。 「なんであんな奴が大佐の親友なんだ」 学生時代からの友人だというヒューズは、いつも必要以上にロイにベタベタしているようにハボックの目には映る。 「結婚してるくせに大佐にくっつくんじゃねぇ」 脳裏に浮かんだのほほんとしたヒューズの笑い顔の代わりに、ハボックが力任せに壁際の消火器を蹴飛ばした時、ハボックの部下達が向こうからやってきた。 「隊長、どうしたんですか?機嫌悪いですね」 「どうもこうもヒューズ中佐が大佐に会食サボらせて飲みに行っちまったんだよ」 目をつり上げて言うハボックに部下達が同情して言う。 「そりゃひどいですね!」 「だろう?」 プンプンと怒るハボックに部下達が言った。 「隊長、気分転換に一緒に飲みに行きませんか?俺たち、奢りますよ」 「そうそう、こう言う時は飲むに限る!行きましょう!」 「そ、そうか?」 かくしてハボックもまた部下達と一緒に飲みに出かけることになったのだった。 勧められるまま杯を重ねながらハボックの意識はヒューズと出かけていったロイにばかり行っていた。 (ちぇ…っ、なんで中佐となんて出かけんだよ……) ハボックはグラスを握り締めながらそう思う。古い友人であるせいか、普段なかなか人を中へと踏み込ませないロイが、ヒューズと一緒だととても寛いだ様子でいるのがたまらなく嫌だった。 (たいさ……) 気がついた時にはロイの事が好きだった。親友だという妻子もちの男にさえ嫉妬せずにはいられないほどロイの事が好きで好きで。 (他の男と二人で出かけたりしないでよ、たいさ……) ロイの事を思って深いため息をつくと、ハボックはグラスを呷り続けた。 「でさー、エリシアちゃんがな」 だらしない笑みを浮かべながら延々と愛娘の話を続けるヒューズにおざなりな相づちを打ちながら、ロイは先ほどのハボックの顔を思い浮かべた。 (悪いことしたかな……) 別段、明日ホークアイにお小言を食らうのはさして苦痛ではない。だが、ヒューズと出かけようとする自分の事を泣きそうな顔で見ていたハボックを思い出すと胸が痛んだ。 (明日ちゃんと謝ろう……) ロイはそう考えてグラスを置く。相変わらずエリシアの愛らしさを説いているヒューズに向かって言った。 「ヒューズ、私はそろそろ帰るよ」 「は?なんで?まだ全然飲んでねぇだろ?」 驚くヒューズにロイはガタガタと帰り支度をしながら言う。 「明日なるべく早く司令部に行きたいんだ」 「えー、なに真面目に仕事してんだよ、ロイ」 ロイの言葉にヒューズはムゥと唇を突き出した。 「なあ、もうちょっといいだろ?まだ全然話し足りねぇし」 ヒューズはそう言って懐から更に写真を取り出す。ロイはそれに苦笑して椅子から立ち上がった。 「すまん、悪いな、また今度つきあうから」 明日は少しでも早く司令部に行ってハボックに謝ろう。大好きな相手に心ならずもあんな顔をさせてしまったのが辛くて、そう思いながらロイが言えばヒューズもため息をついて立ち上がった。 「仕方ねぇなぁ、んじゃ俺も帰るわ」 「なんだ、お前はもう少し飲んで行けよ」 「一人で飲んでもつまんねぇし」 そう言って肩を竦めるヒューズにもう一度「すまん」と言ってロイは店を出る。続いて出てきたヒューズとまだ結構な賑わいを見せている通りを歩いていった。その時。 「あれ、少尉じゃねぇ?」 ヒューズの声にロイはその視線の先を見る。そうすれば部下達に囲まれたハボックの姿が見えた。 「ハボック……」 少し酔っているのだろう、部下の一人と肩を組んで笑いながら歩くハボックを見つめているうち、ロイはなんだかムカムカしてきた。 (せっかく早く帰って明日に備えようとしてたのに…) ハボックはこれからまだまだ部下達と騒ぐのだと思ったらたまらなく腹が立って。 「ヒューズ。もう一軒行くぞ」 「え?帰るんじゃなかったのか?」 「うるさい、アイツが飲んでるんだ、私だって!」 ハボックが部下達と楽しく過ごしていると思うだけで胸が張り裂けそうに痛くなる。。 「行くぞっ、ヒューズ!」 「なんだかよく判んねぇけど、いくらでもつきあうぜっ」 ほくほくと笑いながらついてくるヒューズを引き連れて、ロイは怒りに目を吊り上げて歩いていった。適当にめについた店に入ると奥のカウンターにドサリと腰を下ろし、一番強い酒を注文する。後から入ってきたヒューズが並んで腰掛けながら目を見開いた。 「おいおい、そんな強い酒飲んで大丈夫か?」 「平気だッ」 ロイはそう言うとバーテンが差し出したグラスを受け取り一気に飲み干す。ハーッと息を吐いておかわりの注文をすれば、先ほどのハボックの姿が目に浮かんだ。 (なんだってあんなにいつも小隊の連中とベッタリなんだ……) 初めてハボックに会った時から好きだった。あの綺麗な空色に飲み込まれたように人目で恋に落ちていた。だが、ボインが好きだと公言してはばからないハボックに、打ち明ける事も出来ずにいるのだ。 (ハボックの馬鹿……っ) ロイは心の中でハボックを詰って、新しく渡されたグラスをもう一度一気に飲み干したのだった。 |
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