傍迷惑な恋  第十六章


 夜の街をハボックはロイの手を引いて歩いていく。ちらりと横を歩くロイを見れば、それに気づいたロイがニコッと笑った。
(うわ……っ、か、かわいいッッ)
 白い頬を僅かに染めて笑うロイは殺人的にかわいいとハボックは思う。たまらずカアアッと赤くなって目を逸らしたハボックにロイが言った。
「ハボ……早く二人きりで話せる場所に行きたい」
「ッッ!!」
 ちょっと恥ずかしそうにそう言うロイにハボックの心臓が跳ね上がる。自分とてこんなざわざわと落ち着かないところをただ歩いているよりも、早く二人きりで静かに話せる場所に行きたいのが本音だった。
「二人きりになれる場所……」
 そう言われても咄嗟に思い浮かばない。ちょうどその時、小さなホテルの看板が目に入ったが、そこではいかにもソウイウ目的でロイを連れ込むようで、とても行く気にはなれなかった。
「どっ、どこがいいっスかね。大佐、どっか静かな店とか知ってます?」
 気の利いた店など自分は知らない。恥ずかしくはあったが、下手な場所に連れていって呆れられるより素直にロイの好みの店を聞いた方がいい気がして、ハボックはロイに尋ねた。
「静かな店?知らないことはないが……」
 ロイはそう言って一瞬口を噤む。迷うように視線を一度落としたロイは意を決したように顔を上げてハボックを見ると言った。
「お前のアパートじゃ駄目か?」
「えっ?」
「私の家でもいいんだが、ここからならお前のアパートの方が近いだろう?だから、その……」
 驚きに空色の目を見開いて見つめてくるハボックに、ロイの声が段々と小さくなる。ロイはハボックの顔から目を逸らすと俯いて小さな声で言った。
「ごめん……いきなりそんな事を言われても迷惑だよな」
 そう言って恥ずかしそうに目を伏せるロイにハボックは慌てて首を振る。
「ぜんっぜん迷惑じゃねぇっス!!すっげ狭くて散らかってるっスけど、それでよければアパートに来てくださいッッ!!」
 ギュッと手を握って言うハボックをロイは目を丸くして見上げた。コクコクと頷くハボックの顔を見てパアッと顔を輝かせる。
「うんっ」
 嬉しそうに笑って頷くロイにハボックも顔中で笑った。
「そうと決まったら行きましょうっ、たいさっ」
「わわ、ハボック!」
 言うなりダッシュで走り出すハボックにロイは引きずられかける。悲鳴混じりに自分を呼ぶロイにハボックは足を止めるとロイに向かって手を伸ばした。
「え?」
 ふわりと体が浮いてロイは目を丸くする。突然目の前に迫ったハボックの顔にロイは自分が抱き上げられたのだと気づいた。
「ハっ、ハボックっ!!」
「この方が早いっスからっ」
「でも…っ」
 夜とはいえまだ賑わう通りを姫ダッコは恥ずかしい。現に今でもチラチラと道行く人が視線を投げてくるのを感じる。だが、ハボックは全く気づいていないのかニカッと笑って言った。
「大丈夫、絶対落としませんからっ!」
「いや、でも」
「しっかり掴まっててくださいね」
 ハボックはそう言うとロイを抱いたまま走り出す。落とされることはないと信じていても、そのスピードと振動にロイは思わずハボックにギュッとしがみついた。
「ハボック…っ」
「ッッ!!!」
 ギュウと胸元にしがみついてくるロイにハボックは鼻の穴を膨らませる。
「どけどけーーーーッッ!!」
 ハボックは通りを歩く人々を蹴散らしてアパート目指して一直線に走っていったのだった。

 ガンガンと足音を響かせて、アパートの外階段をハボックは一気に三階まで駆け上がる。一番奥の自分の部屋まで来るとロイの足をそっと下ろした。ポケットから鍵を取り出して扉を開けるとロイを中へと促す。
「散らかってるっスけど」
 そう言うハボックの声を聞きながら奥へと入ったロイは、パチンと灯りのついた部屋をキョロキョロと見回した。
「ここが……」
 この部屋でハボックが暮らしているのだと思うとなんだか感動してしまう。ジーンとして部屋におかれた棚の中を覗いたり、小さなソファーに放り出された雑誌を拾い上げてパラパラとめくったりするロイを見てハボックが苦笑した。
「あんまりあちこち見ないでくださいね。恥ずかしいんで」
「…っ、ご、ごめんっ」
 そう言われてロイは慌てて手にした本を放り出す。ハボクは困ったように顔を赤らめて部屋の中に立ち尽くすロイにクスリと笑って言った。
「今、コーヒー淹れるっスから。座っててください」
「わかったッ」
 ロイは言われるままソファーに腰を下ろす。そうすればやはりどうしても部屋の中を見回さずにはおれず、伺うように上目遣いで顔を巡らせた。
「あれは……」
 壁にピンで留められた数枚の写真にロイは気づく。立ち上がって近寄ると写真を覗き込んだ。色褪せた写真には釣り竿を手に二人の少年が写っている。肩越しに振り向くようにして笑う金髪の少年をロイは食い入るように見つめた。
「かわいい……」
 恐らくは10歳位のハボックだろう。今よりはずっと丸みを帯びた顔つきに今と変わらぬ空色の瞳の少年に思わずそう呟いたロイは、その隣に立つちょっと太めの少年に気づいて眉を顰めた。
「………おい、ハボック」
「なんスか?」
 ちょうどコーヒーを手にキッチンから出てきたハボックにロイは言う。写真の少年を指さして尋ねた。
「これはもしかしてブレダ少尉か?」
「え?……ああ、そうっス。ブレダっスよ」
 ハボックはカップをテーブルに置くとロイの傍に寄ってくる。写真を見つめて懐かしそうに言った。
「ブレダとはガキの頃からの付き合いなんスよ。この頃はよく一緒に遊んだなぁ」
 しみじみと言うハボックの顔を見上げたロイは不意にプイと顔を背けると写真から離れソファーに乱暴に腰掛ける。ブスッとした顔をしているロイにハボックは不思議そうに首を傾げた。
「どうかしたっスか?大佐」
「ブレダ少尉はずるい。あんなかわいい頃のお前と一緒にいられたなんて」
 思い切り頬を膨らませてそんな事を言うロイをハボックはポカンとして見つめる。それから嬉しそうに笑って言った。
「んなこと言ったって仕方ないっしょ?幼馴染みなんスもん」
「ズルいものはズルい!」
 嬉しそうに言うハボックにロイは益々頬を膨らませて言う。ハボックはロイの隣に腰を下ろすとロイの手を握って言った。
「そんな事言うならヒューズ中佐の方がずっとズルいっス。オレの知らないアンタの事いっぱい知ってて……。すぐアンタの事ギュッってするし」
 至極不満そうに言って睨んでくる空色の瞳から、ロイは慌てて目を逸らすとコーヒーのカップに手を伸ばす。
「あ、それ……」
 中身を確かめもせずカップに口を付けるロイをハボックは慌てて止めようとしたが、時すでに遅くロイはガブリとコーヒーを飲んでしまった。
「……ッ、あっ、つうッ!!……にが…ッ」
「そりゃオレのっスもん。アンタのはこっち」
 熱さに目を白黒させて口元を押さえるロイの手からカップを取り上げ、ハボックはもう一方のカップを差し出す。ミルクが入って柔らかい茶色になっているコーヒーを見てろいはムウと唇を突き出した。
「ちゃんと見ないから」
 ハボックはそう言って笑うとカップをテーブルに戻しロイの頬に手を添える。
「火傷、しなかったっスか?」
「ちょっとヒリヒリする」
 ロイはそう言ってハボックを見上げた。
「見てくれるか?」
 言ってロイは口を開いて舌を出す。紅い舌先が更に紅くなっているのを見てハボックは言った。
「少し紅くなってます……痛いっスか?」
「うん……痛い、ハボ……」
 甘えるように言って見つめてくる潤んだ黒い瞳にドキドキしながらハボックは顔を近づけた。
「舐めて欲しいっスか……?」
「ん……」
 頷いて目を閉じるロイの舌先にハボックはそっと自分のそれを這わせた。


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