傍迷惑な恋  第十五章


 抱き締め合う二人を見据えながらゆっくりと近付いていく。実際最初に立っていた場所から店の前の二人までの距離は大したことなかったが、ハボックには永遠とも瞬間とも思えた。
『ずっとずっと好きだったんです、って言っちまえ』
 歩くハボックの頭にブレダの声が木霊する。だが、ああしてしっかりと抱き合っている二人を前にそんなことが言えるのだろうか。
『大佐が他の奴を好きだとお前の大佐を好きって気持ちはなくなっちまうのか?』
「んな訳ねぇだろ。どれだけ大佐の事好きだと思ってんだよ」
 初めて会ったときからずっと好きだったのだ。自分は男で大佐も男なのにと悩んだこともあったけれど、それでも自分の気持ちに嘘はつけなかった。
 ハボックは長いような短いような距離を歩いて二人の傍まで来ると、ゴクリと唾を飲んでヒューズの胸に顔を埋めるロイと、そのロイを力一杯抱き締めるヒューズを見つめた。

「ロイ、かっわいいーーッ」
 そう叫ぶなりギュウギュウと抱き締めてくるヒューズにロイは赤くなっていた顔を更に赤らめる。何かにつけて自分の事を「可愛い」と言うヒューズには、流石にロイも不満があった。
「可愛いとはなんだっ」
 自分は男なのだから「可愛い」という言葉は当てはまらない筈だ。
「私はエリシアじゃないんだぞッ」
 愛娘のことなら可愛いでもなんでも好きなだけ言ってくれればいいが、自分に対しては言わないでくれ。そう思ってロイは抱き締めてくるヒューズの腕から逃れようとしたが力任せに抱き締めてくる男の腕は案外逞しく、思うようにはその抱擁から逃げ出せなかった。
「ぷっ、ヒューズ、くるし……ッ」
 胸に顔を抱え込むように抱き締められてロイは呼吸が出来ずにもがく。腕を回してヒューズのシャツの背を掴むとなんとか引き剥がそうとしたが、縋りつくようにシャツを握るばかりで思うようにいかなかった。
 ふがふがともがくロイを力任せにギュウギュウと抱き締めて黒髪に髭を擦りつけていたヒューズは、不意にきつい視線を感じて顔を上げる。頬に数本突き刺さったようにさえ思えた視線の出どころを探せば自分達を睨むように見つめる空色の瞳と目があった。
「お、ハボック少尉」
「えっ?ハボック?」
 ヒューズの声にロイは胸に押しつけられていた顔をなんとか上げる。プハッと息を吐き出すと紅い顔をハボックに向けた。

 完全に二人の世界に入り込んでいたヒューズとロイが、漸く自分の存在に気づいて顔をこちらに向ける。そんな風に二人の様子を見ていたハボックにヒューズがヘラリと笑いかけた。
「よお、少尉。今からここで飲むのか?」
「えっ、ここでっ?」
 ロイを抱き締めたままヘラヘラと言うヒューズと、二人の時間を邪魔されたくないのか、ここで飲むのかと驚いたように尋ねるロイにハボックは胸が痛くなる。こんなオヤジほどにも自分は魅力がないのかと、悔しいやら腹立たしいやらで、気づいた時には拳を振り上げていた。
「コンチクショーーーッッ!!」
 ボカッとヒューズの顎に思い切り拳を叩きつければヒューズの体が吹き飛ぶ。そういえばついこの間もこうして殴り飛ばしたな、などと頭の片隅で思いながらハボックは突然の事に目を丸くしているロイをギュッと抱き締めた。
「たいさっ、オレってそんなに魅力ないっスかっ?そんな髭面で妻子持ちのオヤジにも敵わない?」
「えっ?」
「オレ……っ、オレ、大佐の事が好きっス!!」
 ハボックはそう叫ぶなりロイの唇を噛みつくように塞ぐ。背骨が折れるほど抱き締められ、呼吸を全て奪うような激しい口づけにロイは目を大きく見開いた。
「んんッ!!………ん───ッッ!!」
 入り込んできた舌に自分のそれをきつく絡め取られる。まともに息も出来なくて、漸く唇が離れたときには全身から力が抜けて、ロイはくてんとハボックの胸に体を預けた。
「ごめんなさい、アンタが中佐の事、好きなのは判ってるけど、でもあんなオヤジに渡すのかと思うと悔しくて……、アンタの大事な人殴っちまったけど、無理矢理キスしちまったけど、でもでも、オレ……ッ」
 カーッとなってハボックはロイを抱き締めたまま一気にまくし立てる。ぼんやりとしたまま何も答えないロイにハボックは顔を歪めた。
「すんません、オレ……ホントは好きになって貰えなくてもいいから傍にいさせて下さいってお願いするつもりだったんスけど……こんなことして……ッ」
 ハボックは呻くように言うとロイの体を離す。ぽやんとしているロイに向かって頭を下げた。
「ごめんなさいッ」
 ハボックはそう言うと、何事かと集まってきていた野次馬を押し退けて歩き出す。その時、不意に後ろからしがみつかれてハボックは恐る恐る振り向いた。
「……たいさ?」
 しがみついてきたのはたった今離した筈のロイで、ロイはうるうると潤んだ瞳でハボックを見上げている。驚いたように見つめてくるハボックにロイは言った。
「私もお前が好きだ、ハボック」
「……え?」
「好きなんだ」
 そう言われてハボックは慌ててロイに向き直るとその細い肩を掴む。潤んだ黒い瞳を覗き込むようにして言った。
「で、でもっ、大佐が好きなのはヒューズ中佐でしょう?」
「私があんな親バカで髭面のスケベオヤジを好きな筈がないだろう?私が好きなのはずっとずっとお前だけだ」
 そう囁いてくるロイをハボックは目を見開いて見つめる。見開かれた空色の瞳をうっとりと見上げていたロイは、そっと目を閉じると強請るように唇を突き出した。
「……ッッ!!」
 可愛らしいその仕草にハボックはカアアッと頭に血を昇らせるとロイの体を思い切り抱き締める。そうして突き出された唇に己のそれをきつく押し当てた。
「ん……んん」
「ふ……ぅん、ハボ……」
 二人は互いをきつく抱き締めあいながら、熱い吐息を零す唇を貪りあった。

「大丈夫ですか?中佐」
 ハボックの後からついてきたものの、相変わらず突っ走るハボックの展開の早さについていけず外から眺めているだけだったブレダは、ぶっ飛ばされて顎をさすっているヒューズに手を伸ばす。その手を掴んで立ち上がったヒューズは、ぶっ飛ばされた拍子にあちこちぶつけたところを「イテテ」とさすりながら言った。
「また殴られるとは思わなかったぞ。大体いったい何がどうしてああ言う展開になってんだ?」
 俺がうまいこともっていく筈だったのに、とぼやくヒューズにブレダが苦笑する。
「まあ、ある意味中佐があの展開に持っていったんじゃないですか?」
 ロイを抱き締めていたヒューズのにやけた顔が赦せなかったのだろうと、相当にヒューズをライバル視していた友人の心中を想像してブレダは言った。
「お、そうか?じゃあ、二人の愛のキューピットは俺だな」
 勝手にいいように解釈してヒューズはニヤリと笑う。それに肩を竦めただけで何も言わなかったブレダは、野次馬達の外から二人の様子を眺めていたが、眉を顰めるとヒューズの袖を引いた。
「ちょっと、ヤバくないですか?あのまま放っておいたらあの二人……」
「んー、そうか?」
「そうか?って、明らかにヤバいでしょうッ!」
 ブレダがそう喚いて指さす先では、すっかりと盛り上がったハボックとロイが、野次馬の歓声を浴びながらキスから先へと進みそうになっていた。
「こんなとこでロイ・マスタング大佐の濡れ場、晒す気ですかッ?!」
「馬鹿言え!ロイの可愛い顔を他の奴に見せられるかよ」
 ブレダにそこまで言われて漸くハタと気づいたヒューズがそう言って野次馬をかき分けていく。
「可愛い顔って……見たことあるのか、中佐」
 そんな台詞をハボックの前で言ったら、それこそまた殴り飛ばされそうだ。そう思いながらブレダは慌ててヒューズの後を追った。

「たいさ……好きっス」
「ハボック……私も」
 キスの合間に囁きながら二人は互いを抱き締める。ロイの上着の中にハボックが手を忍び込ませたとき、ヒューズがハボックの頭をポカリと殴った。
「はいはい〜〜、そこまでーッ!」
「ッてぇ!……何するんスかっ、中佐!」
 せっかくこれからと言うところで邪魔されてハボックはヒューズを睨む。ロイを庇うように抱き締めて言った。
「悪いけど、たとえ何を言われようと大佐を渡す気はないっスからね!」
「別にんなこと言ってねぇよ」
 俺にはグレイシアがいるし、と言ってヒューズは続けた。
「盛り上がってるとこわりぃけど、ここでそれ以上するな。それともロイの可愛い顔、他の奴らに晒してもいいのか?お前」
「……ッ?!」
 そう言われて慌てて周りを見回せば、野次馬にすっかり囲まれていることに気づく。ギョッとしたハボックがロイを抱き締めればヒューズとブレダが野次馬を散らしにかかった。
「はいはーい、今日はここまでな!」
「おらおら、とっとと散れ、散れ!」
 シッシッと追い払われて野次馬達が不服そうに離れていく。あたりが普通の夜の街の姿を取り戻すと、ヒューズは二人にニヤリと笑って見せた。
「まあ、とりあえず俺のおかげで一件落着だな」
 そう言われてハボックとロイは「なんでヒューズの?」と言うように顔を見合わせる。そんな二人を押しやるようにしてブレダが言った。
「もう、いいからとっとと二人きりになれるところに行け!今夜の話は後あと!」
 そう言うブレダにハボックとロイは笑って頷き合う。
「うん、ありがとう、ブレダ」
「じゃあな、ヒューズ」
 二人はそう言うと手を取り合って人混みの中に消えていった。
「おい、ブレダ少尉。なんで行かせんだよ、もっと言いたいことがだな」
「これ以上引っかき回さんで下さい、中佐」
 ブウブウと文句を言うヒューズにブレダはうんざりと言ったのだった。


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