| グラプスヴィズの誘惑 第三章 |
| ロイは家の中に飛び込むと閉めた扉に寄りかかる。少しして我に返ったらしいハボックが何やら騒いでいたと思うと、遠慮がちに背にした扉がノックされる音が聞こえた。それと同時に何度かハボックがロイを呼ぶ声も聞こえる。だが、ロイが扉に寄りかかったまま答えずにいれば、暫くして扉の向こうの気配は消え去り、そっと扉を開けた隙間から見た夜の中にハボックの姿はなくなっていた。 ロイはうっすらと笑みを浮かべてハボックが帰ったことを確認すると、扉を閉めて鍵をかける。そうして中に入るとキッチンへ行き冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出してグラスに注いだ。クーッと飲み干せばまだ酒精が残る体に冷たさが染みて心地よい。ロイはもう一杯水を飲むとグラスをシンクの中に置き、シャワーを浴びるため二階に上がった。 寝室に付随の浴室でシャワーを浴びたロイは、バスローブに身を包み濡れた髪をタオルで拭きながら出てくる。庭に面した大きな窓を開け、冷たい夜気の中空を見上げた。 「ふふ……鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてたな」 ロイはキスして好きだと告げた時のハボックの顔を思い出してクスクスと笑う。ハボックを見ている事に飽きたロイはハボックを堕とす事に決めた。これまでの相手ならそれとなく匂わせる事で振り向かせることも出来たが、恋愛事にニブイところのあるハボックにはその方法は向かないと思えた。 「意識させなければ始まらん」 そのための一番いい方法として、ロイはまずはっきりとハボックに好きだと告げた。そしてわざとそれを告げるだけにしてすぐ姿を消した。今頃ハボックは突然の告白にどうしていいか判らず混乱しているに違いなかった。 「明日からが楽しみだ」 おもちゃを手にした子供のように顔を輝かせて言ったロイは、冷たい夜気に身を震わせてクシャンと一つくしゃみをする。そうして窓を閉めると楽しげな表情のままベッドに潜り込み眠りについたのだった。 「ご苦労だった」 ロイは警備兵の運転する車から降りると司令部の建物に向かう。入口をくぐり抜け司令室へと廊下を歩いていたロイは、喉の奥の僅かな痛みに眉を寄せた。 「風邪を引いたかな……」 夕べの己の行動を思い返してロイは呟く。そうする間にも足は廊下を進み、ロイはたどり着いた司令室の扉を開けた。 「おはよう」 そう声をかけながら中に入れば既に来ていた部下達が口々に朝の挨拶を投げかけてくる。その中でハボックだけが何も言わずにロイの顔をじっと見ていた。 「おはよう、ハボック」 そんなハボックにロイは笑って声をかける。そうすればハボックがハッとしたように目を瞬かせて口を開いた。 「おっ、おはようございますっ、大佐!」 いつにないひっくり返ったような声にブレダ達が不思議そうにハボックを見る。それにクスリと笑ってロイが執務室に入ろうとすると、ハボックの声が聞こえた。 「あっあのっ、大佐っ」 呼ぶ声に振り向けば、ハボックが腰を浮かせてロイを見ている。そんなハボックにロイが答えようとした時、司令室に入ってきたホークアイがロイに言った。 「大佐、すぐ会議が始まります。もう行かれませんと」 「……そうだったな」 ロイは頷いてホークアイと一緒に今入ってきたばかりの扉から司令室出ていく。司令室を出る寸前、振り向いてハボックに笑いかけたロイは、目を見開いて見つめてくる空色の視線を閉めた扉で遮った。 いつもなら退屈で堪らない会議の席上、ロイは先ほどのハボックの顔を思い出して楽しげな笑みを浮かべる。きっと夕べ一晩どうしていいか散々に悩んだ末、まずはロイと話をしなければと心に決めてやってきたのだろう。 (今頃また悶々としてるかな) 根は真面目なハボックだ。あんな風に告げられた気持ちを蔑ろにすることはまず考えられなかった。 (絶対その気にさせてやる) ロイは全く興味の持てない会議の資料をパラパラとめくりながら、今一番の興味の対象であるハボックの事をずっと考えていたのだった。 会議を終えて司令室に戻ったとき、ハボックは演習に出ていて席にいなかった。ほんの少し残念に思いながら執務室に入ると、ロイはサインを待って机に置かれた書類を手に取った。目を通し、チェックすべき場所があれば指示を書き込みサインを認める。手際よく次々と書類を片づけていったロイは次に手にしたのがハボックのものだと気づいて目を細めた。 「いつもより誤字が多いぞ、ハボック」 ロイはここにはいない相手に楽しげに言いながら書類をチェックする。そこここに動揺が見られる書類に目を通し終えると、ロイは立ち上がり扉を開けて大部屋にいるフュリーに声をかけた。 「すまんがハボックが戻ってきたら私のところへ来るように言ってくれるか?」 「はい、大佐」 何も知らないフュリーは書類から目を上げにっこりと笑って答える。それに頷いてロイは、ハボックが来るのを待つために執務室の中に戻った。 |
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