グラプスヴィズの誘惑  第二章


 たっぷり食べて飲んだ帰り飲酒運転は拙いから人を呼んで運転させようと言うハボックに、歩いて帰ろうとロイは提案する。
「オレは構いませんけど、結構歩きますよ?」
「いいさ、腹ごなしになる」
 小首を傾げるハボックにロイは答えて歩きだした。そうすればハボックもロイを追って歩き出す。長い脚で出来た距離の差をあっと言う間に縮めると、ハボックは並んで歩くロイを見下ろした。
「旨かったっスね。酒も食事も」
「そうだな」
「ありがとうございます」
 ハボックはそう言って満足そうに笑う。賑わう通りを抜けて歩いていけば辺りはいつの間にか静かな住宅街へと変わっていった。カツンカツンとリズムの違う足音が誰もいない通りに響く。ハボックは星の瞬く空を見上げて言った。
「流石に夜は冷えるようになってきたっスねぇ」
 首を竦めるハボックが咥えた煙草から夜空に向かって白い煙が立ち上っていく。ひゅうと吹き抜けた風がその煙を浚った時、ロイは傍らを歩くハボックの腕に己の腕を絡めた。
「た、たいさっ?」
 突然の事にハボックが驚いて足を止める。まん丸に見開く空色を見上げて、ロイは笑みを浮かべた。
「いいだろう?寒いんだ」
 ロイはそう言って絡めた腕に力を込め、ハボックに身を寄せる。酒で上気した顔でハボックをじっと見つめれば、ハボックの顔が酒のせいでなく紅くなった。
「ハボック?」
「いいいいですけどっ」
 見上げるロイから視線を逸らしてハボックが答える。ロイが促すように一歩を踏み出せばハボックも歩きだした。
 カツンカツンと今度は殆どリズムの変わらぬ靴音が通りに響く。ロイはハボックの腕に頬をすり付けるようにしてギュッと腕を掴んだ。
「歩きにくいか?」
「……平気っス」
 掴めば明らかに腕に力が入るのが判ってロイはハボックに尋ねる。平気だと答えはするもののハボックは困ったように視線をさまよわせて、ロイの方を見ようとはしなかった。
「いつもこんな風に彼女と歩くのか?」
 ロイはわざとそうハボックに尋ねてみる。するとハボックはロイが掴まっているのとは反対の手で頭を掻いて答えた。
「いや、オレ、デカいっしょ?女の子とだと身長差があって腕組んでは歩きにくいんスよね。だからどっちかって言うと手繋いで歩く、かな」
 もっとも最近はそれすらご無沙汰っスけど、とハボックが苦笑する。その顔をじっと見つめながら、ロイは腕を絡めたまま手を下に滑らせた。そうしてハボックの大きな手に己のそれを合わせ指を絡ませる。絡めた指をギュッと握り締めると、ずっと視線を逸らせていたハボックが驚いてロイを見た。
「たっ、たいさっ?!」
「こんな風に手を繋いで歩くのか?」
「や、そのっ、手繋ぐときはもう少し離れてるっスけどッ」
 そう言いながらハボックはピッタリと身を寄せてくるロイから少しでも離れようとする。だが、ロイはそれを許さずほんの少し足を早めた。
「くっついた方がいいのに」
 相手を感じられて、とロイは囁くように言ってハボックを見つめる。その途端、ハボックは真っ赤になって自由な方の手で顔をこすった。
「近いっス、大佐っ」
「いいじゃないか」
「や、でもっ」
 流石に乱暴に振り払うのは憚られるのだろう。困ったように言いながらもハボックがなにもしないのをいいことに、ロイは絡めた指に力を込め、太い腕にしなだれかかる。響くハボックの靴音が乱れるのを聞いて、ロイは唇に笑みを浮かべた。
 そのまま何も言葉を交わさないまま二人は通りを歩いていく。そうすればやがてロイの家が見えてきて、ロイにはハボックが明らかにホッとするのが判った。
「着いたっスよ」
 黒い門扉の前でハボックが足を止めて言う。だが、ロイは腕を離さず至近距離からハボックを見上げた。
「ここで離れたら寒いじゃないか」
 そう言われてハボックは仕方なしに門を開き、庭木の間のスロープを抜けて玄関までロイを連れていく。玄関ポーチの前に立ったハボックは、ロイを見下ろして言った。
「今夜はご馳走さまでした。腹も財布も喜びました」
 へへっと笑ったハボックは、未だに腕が解かれない事に困ったように首を傾げる。ええと、と呟く唇をじっと見つめていたロイは、絡めていた腕を引っ張るようにしてハボックの首に手を伸ばした。
「え?」
 キョトンとするハボックの金色の後頭部に手を回しグイと引き寄せる。降りてきた唇に、ロイは己のそれを重ね合わせた。
「ん……」
 唇を開き、ハボックのそれを舌先で舐める。煙草の苦みが残る唇を何度も舐めたロイは、最後に強く押しつけてから唇を離した。
「好きだ、ハボック……」
 ポカンとして見開く空色を間近から覗き込んでロイは囁く。突然のことに身動き出来ないでいるハボックが何か言う前に、ロイは身を翻して家の中に入ってしまった。


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