FLARE BLUE  第七章


「一体どうなってんだよ、もう」
 ハボックはうんざりとしたため息を零して受話器をフックに戻す。ボリボリと頭を掻きながら電話ボックスを出ると、夕暮れが迫る通りを歩きだした。
 とある家の一室から依頼の品を盗み出したハボックは、その先の指示を仰いで残金を受け取ろうと依頼主に連絡を入れた。だが、何度電話をかけてみても虚しく呼び出し音が響くばかりで肝心の相手が出ない。結局盗み出したブレスレットは、一日半たった今現在もハボックのポケットの中で息を潜めていた。
「こういうのは性に合わないっての」
 何事も迅速処理がモットーだ。こんな風にいつまでも依頼品を抱え込んでいるのはどうにも落ち着かず、ハボックは苛々と煙草の煙を吐き出した。
「嫌だなぁ」
 どんな理由で依頼主がこれを盗み出してくれとハボックに頼んだのかは判らないが、なにやら曰く付きの代物なのは明らかだ。ハボックはブレスレットの中に仕込まれた薄い紙片を思い出して、眉間に皺を寄せた。
「いっそ捨てちまおうかな」
 こんなに連絡をしているのに出ない相手が悪いのだ。ハボックはポケットに手を突っ込み、中で身を縮こまらせるブレスレットに指を触れる。ポケットの中、指先で弄んだそれを、ハボックはため息をついて奥へと押し込んだ。
「くそーッ、あと一日待ってそれでも連絡つかなかったら絶対捨ててやるっ」
 煙と一緒に言葉を吐き出したハボックは、気分転換に一杯ひっかけようと店が建ち並ぶ方へと足を向けた。


「おはようございます、大佐」
 軽いノックの音に答えれば、ホークアイがファイルを手に入ってくる。じっと見つめてくる鳶色に、ロイは苦笑して言った。
「昨日は悪かったね、中尉」
 そう言うロイの体調が戻ったようだと見て取って、ホークアイも笑みを浮かべた。
「お元気になられたようでよかったです。では早速ですが」
 と、ホークアイは容赦なく書類の山を築くと執務室を出ていく。ロイはげんなりとため息をついて山のてっぺんの書類を指先でめくって覗いたものの、手元に引き寄せる事はせず椅子に背を預けた。
 昨日、二日酔いで全く仕事にならなかったロイはホークアイの言葉もあって家に帰った。体が欲するままに眠りを貪れば酷い頭痛も治まって、ロイはこの間からの恨み辛みを晴らそうとハボックを探しに家を出たのだが。
 偶然街角で見つけたハボックに、ロイはまたしても好きなようにキスされてしまった。会ったら今度こそ一発殴ってやろうと思っているのに、昨日は燃やしてやろうとさえしたのに何故だか気がつけばハボックの腕の中に収まっている。結局相手の良いようにキスされた挙げ句、力の抜けた体はハボックをぶん殴るどころか追いかけることすら出来なかった。
「くそーッ、どうしてああなってしまうんだッ」
 どちらかというと恋愛経験も豊富だし、ペースを握るのはいつだって自分の方だ。それなのにどうしてハボック相手だと良いように振り回されてしまうのだろう。
「……あの瞳が曲者なんだ、きっと」
 あの空色に見つめられると何故だかどうにもままならなくなってしまう。その上なにより悔しいのは、ハボックが本気で自分に興味があるわけではなさそうだと言うことだった。
「ふざけやがって……、今度こそあの憎たらしい顔に一発────」
 ロイがその黒曜石に物騒な光をたたえて呟いた時。
「大佐、ホークアイです」
 いつも冷静な彼女にしては珍しくロイの許可を待たずに扉が開いたと思うと、ホークアイが執務室に飛び込んでくる。ロイは慌てて体を起こすと書類を引き寄せた。明らかに仕事をしていなかったのを誤魔化していると知れるそれを、ホークアイは無視してロイに告げた。
「大佐、北地区の倉庫街で死体が発見されたそうです」
「死体?それがどうかしたのか?」
 あまり喜ばしいことではないが、死体が発見されるなどこの街では珍しいことではない。ただの死体であればわざわざ軍に連絡などせず、憲兵隊の方で処理すればいい話だった。
「身元はまだ判っておりませんけれども、かなり酷い状態なようです。それと、死体が置かれた状況なのですが……」
「なにか妙な事でも?」
 そうでもなければわざわざ軍に連絡などこないだろうと訪ねるロイにホークアイが頷く。
「奇妙な陣の中に置かれていたそうです。錬成陣なのか、それとも他の何かの陣なのか……」
「陣?」
 ホークアイの言葉にロイは眉を寄せた。
「陣はまだそのまま?」
「はい。死体は運び出されましたが」
 そう聞いてロイは立ち上がる。
「私が見てみよう。何か判るかもしれない」
「車を回します」
 ロイの言葉に頷いて先に執務室を出るホークアイを追うように、ロイも執務室を後にした。


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