| FLARE BLUE 第六十五章 |
| 「よし。これで終わりだな」 ロイは最後の書類にサインを認め決済済みの箱に放り込む。コキコキと首を回して右手で左肩を揉んでいると、軽いノックの音がして執務室の扉が開いた。 「お疲れさま、もう終わりっスか?」 「ああ、丁度終わったところだ」 入ってきたハボックがそう尋ねるのにロイが答える。机の上を片づけて立ち上がるロイの瞳がキラキラと期待に輝いているのを見て、ハボックはため息をついた。 「ほんと、錬金術師なんてもんは」 「錬金術師がなんだって?」 ぼそりと呟いた言葉を聞き咎められてハボックは「別に」と肩を竦める。プカリと煙草の煙を吐き出すハボックを疑わしげに見つめたロイは、フンと鼻を鳴らして執務室を出た。 「中尉さんに一言断らなくていいんスか?」 「彼女にはさっき言っておいたから大丈夫だ」 「心配かけちゃダメっスよ」 「お前がちゃんと働けば何の心配もないだろう?」 そんな風に言われてハボックは「うへぇ」と顔を顰める。 「まったくもう、アンタといい中尉さんといい過度の期待は迷惑なんスけどねぇ」 「その分払ってるじゃないか」 「えー」 不服そうに眉を下げるハボックと連れだってロイは司令部の玄関をくぐった。 「エリーゼちゃんとってくるっスからちょっと待ってて」 「ああ」 言って駐車場へと足を向けるハボックに頷いてロイは玄関のステップを降りたところで立ち止まる。ゆっくりと背後を振り返って司令部の建物を見上げた。 「明日も変わらずここに来られるさ」 まるで自分に言い聞かせるように呟くと、ロイはハボックが回してきた車に乗り込んで司令部を出た。 「とりあえず家でいいっスか?」 「ああ。準備もあるしな」 「腹ごしらえもしないとっスけど」 そう言えば驚いたような視線を向けられてハボックが唇を突き出した。 「空きっ腹で事に当たるのは嫌っスよ。力入んねぇし」 「食事をするなんて考えてなかった」 「あー、もう。メシは必須っしょ」 ハボックは呆れたように言ってハンドルを切る。家に向かうのとは別の道を走り商店が立ち並ぶ界隈に来ると車を停めた。 「すぐ戻るっスからちょっと待ってて下さい」 ハボックはそれだけ言うと車を降りて行ってしまう。ロイはやれやれとシートに身を預けてそっと目を閉じた。 「いよいよだな」 ついにあの謎めいた陣を描くのだと思うとドキドキしてくる。コンラッドの酷い死に様を思い出せば恐ろしくないと言ったら嘘になるが、その恐怖心を上回る好奇心がロイの気持ちを昂らせていた。 「後は余計な邪魔が入らないようにしなくては」 杖男を始めとするゲーティアを名乗るあの一団がロイが描いた陣を横取りしに現れるだろうが、そんな連中に邪魔をさせるわけにはいかない。なにが起こるか判らない現況、妙な邪魔立ては危険に繋がる可能性が高く、そうであればハボックにしっかりと働いて貰わなければならなかった。 「フレア・ブルーか……」 ロイはハボックの不思議な能力を思い出して呟く。あの力があれば杖男など取るに足らないと思えたが、もし制御しきれなくなったらどうなるのだろう。描いた陣の影響下、もしハボックの力が暴走したら。 ロイはそう考えて緩く首を振る。まだ起こってもいない事を心配したところでどうしようもない。準備を万端整えて、後はその時出来ることをするしかないのだ。 「よし」 ロイは自分に言い聞かせるように呟いて目を開ける。ハボックが戻ってこないかと辺りを見回したロイは、その視線の先不意に現れた人影に目を見開いた。 「────魔女……?」 黒ずくめの服に真っ黒の髪。じゃらじゃらと沢山のアクセサリーをつけた女がこっちを見ている。辺りの人も景色も全てが色褪せてしまうほどの存在感を放った女が真っ直ぐにロイを見て、そして。 紅い口紅を刷いた唇が弧を描き強い光を放つ瞳が細められる。その笑みにロイは縛り付けられたように動けなくなった。 「────ッ」 自分を見つめるその瞳に飲み込まれてしまうとロイが思った時、現れた時と同じように女の姿が不意に消える。次の瞬間、凍り付いたように身動き出来なかったロイの体から力が抜けた。 「……ッ、……はぁ……っ」 がっくりとシートに沈み込み、ロイは女が消えた先を見つめる。呆然と目を見開いて座り込んでいたロイは、ガチャリと車の扉が開く音にギョッとして飛び上がった。 「ミラにサンドイッチ作って貰って────、どうかしたんスか?」 黒曜石の瞳を大きく見開いて見つめてくるロイの様子にハボックが首を傾げる。数度瞬いて、ロイはゆっくりと女が消えた先に視線を向けた。 「魔女がいたんだ」 「魔女?」 「黒ずくめの服に黒い髪の……。その女が私を見て笑ったんだ」 「……、ッ?!ママッ?!」 ロイの言葉にハボックはハッとして辺りを見回す。だが、ハウラの姿はもうどこにも見当たらなかった。 |
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