FLARE BLUE  第六十三章


「仕事終わったっスか?」
 軽いノックの音に続いて入ってきたハボックをロイは書類から視線を上げて睨む。ガリガリとサインを認めた書類を既決のボックスに放り込んだ。
「これで終わりだ」
 うんざりとしたため息混じりにロイは言った。
「今までどこに行ってた?」
「中尉さんのお使いで色々と」
 にっこりと笑って答えるハボックをロイはじっと見つめる。黒曜石の瞳に浮かぶ不信の色にハボックが苦笑した。
「ホントですって。アンタが決済した書類届けたり、使い終わった資料返しに行ったり。なんだったら中尉さんに聞いて下さいよ」
 ちゃんと働いていたと主張するハボックにロイはフンと鼻を鳴らす。ペンをしまいやれやれといった仕草で立ち上がった。
「まあいい。本番でちゃんと働いてくれるならな」
「いよいよ明日っスね」
「長かったぞ、この三日」
 いつにも増して書類に埋もれていたような気がする。そう言いながら執務室を出るロイに続いて出ていきながらハボックが言った。
「わざとじゃねぇの?」
「え?なにがだ?」
 ハボックの言った意味が判らずロイは肩越しにハボックを見上げて言う。そのまま廊下へと出て玄関に向かって歩いて行けばついてきたハボックが答えた。
「わざといっぱい書類回して、アンタが陣を描きに行けなければいいと思ってんじゃねぇの?この分だと明日の日中も書類山盛りかもっスね」
「────」
 そんな風に言うハボックをロイは足を止めて見上げる。僅かに見開く黒曜石にハボックは笑って言った。
「心配してるんスよ。出来ればアンタに陣を描いて欲しくないんだ」
「事件を解決するには陣を描くのが一番だ」
「よっぽどコンラッドってのが酷い死に方してたんスね。あの中尉さんが避けて通りたいと思うくらいに。あんな美人を心配させちゃダメっスよ」
「馬鹿なことを」
 チッと舌打ちして歩き出すロイのピンと伸びた背をハボックは見つめて笑みを浮かべると、ゆっくりと後を追った。


「あら、いらっしゃい」
 垂れ幕を上げて店の中に入ると、料理を運んでいたミラが振り向いて笑みを浮かべる。隅のテーブルに腰を下ろせば、すぐにミラが近づいてきた。
「こんばんは、マスタングさん。ジャンが迷惑かけてない?」
「こんばんは、ミラ。とりあえずコーヒーは旨いよ」
「ああ、私が教えたの。よかったわ、役に立って」
「何その会話。なんかムカつくんスけど」
 にっこりと笑いあうロイとミラにハボックが思い切り顔を顰める。「ビール!」と声を張り上げるハボックに「はいはい」と答えて店の奥に向かうミラの背を睨んでハボックが唇を突き出した。そんなハボックの様子にロイはクスリと笑う。少し待てばミラがビールのジョッキとつまみを幾つか持ってきた。
「適当に見繕って持ってきていい?」
「ああ、頼むよ、ミラ」
 頷くロイにミラはにっこりと笑う。他の客に呼ばれてミラが行ってしまうと、ロイは手にしたジョッキを差し出した。
「ほら。明日の成功の前祝いだ」
「自信満々っスね」
「当然だろう?」
 チンとジョッキをあわせてロイがニヤリと笑う。懐からブレスレットの中に隠されていた小さな紙片を取り出してテーブルに置いた。紙片に書かれた文字を指でテーブルの上に描いてみる。ブツブツと口の中でなにやら唱えながら文字を描くロイに、ハボックが眉を顰めた。
「今そんな事やらなくてもいいっしょ?メシが不味くなるっスよ」
「なんだ?怖いのか?」
「そんな事言ってねぇし」
 チラリと向けられた視線が面白がるような光をたたえているのを見てハボックは唇を歪める。ビールをガブリと飲みつまみのナッツを口に放り込んでハボックは言った。
「楽しそうっスね」
「ああ、ワクワクする」
 黒曜石の瞳をキラキラと輝かせて言うロイにハボックはげんなりと肩を落とす。
「これだから錬金術師ってのは嫌いなんスよ」
「なんだ、その偏見に満ちた言葉は」
 ムッと睨んだロイが口を開こうとした時、ミラが熱々の湯気を上げた皿を運んできた。
「なあに?なんの話?」
「別にどうって事ない話。うわ、旨そう!」
 ハボックは答えて皿を置くミラに手を伸ばし、その頬に派手な音を立てて口づける。そんなハボックにミラはにっこりと笑って、それ以上はなにも言わずに厨房へと戻っていった。
「しまって下さいよ、それ。ここには似合わない」
「そうだな。まずは旨い食事で力を養おう」
「そうっスよ」
 答えて紙片を懐に戻すロイにハボックは笑みを浮かべる。その後は陣のことは互いに口に出さず、他愛のない話で笑いあって食事をした。



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