FLARE BLUE  第六十一章


 どうぞ、と先にホークアイの机にコーヒーのカップを置いてからハボックは執務室の扉に向かう。トレイ片手にもう一方の手で軽くノックして、ハボックは返事を待って開いた扉の隙間から中へと体を滑り込ませた。
「どうっスか?仕事進んでます?」
 そう言いながら大振りの机に歩み寄るとロイが俯けていた顔を上げる。
「書いても書いても書類が減らん」
 げんなりとした顔で言うロイにクスリと笑ってハボックはトレイの上のカップを机に置いた。
「溜めすぎなんスよ。普段から真面目にやっときゃそんなに溜まんないし、中尉さんだって怒らないっしょ」
「気ままな暮らしをしているお前にだけは言われたくない」
 ロイはムスッと答えてカップに手を伸ばす。口をちょっとつけ熱さに眉を寄せると唇を突き出してふぅふぅと息を吹きかけた。
「そもそも何でもかんでも書類を私に回しすぎなんだ。他の奴にやらせろ。私が上にいったらまず一番最初に私に回す書類をなくしてやるッ」
 ちびちびと熱いコーヒーを啜りながら悪態をつくロイにハボックはクスリと笑う。煙草を取り出し火をつけると、窓辺に寄りかかり外を見ながら言った。
「そんなに書類が嫌ならいっそのこと軍をやめたらどうっスか?アンタ、科学者なんだし、別に軍じゃなくても幾らでも働き口はあるっしょ?それとも、オレと一緒に何でも屋やります?」
 冗談とも本気ともつかぬ口調でそう言うハボックを、ロイは驚いて見つめる。外を見ながら煙草の煙を吐き出す横顔をじっと見つめていたが、ロイはフッと笑って言った。
「魅惑的な提案だが、私にはまだやることがあるからな」
「軍人でないと出来ないこと?」
「アメストリスは軍事国家だ」
「なるほど」
 ハボックはプカリと煙を吐き出してロイを見る。その黒曜石の瞳に宿る強い輝きを眩しそうに見つめて言った。
「じゃあそのやることの為にもまずは目の前の書類の山をなんとかしないとっスね」
「う……くそっ、気持ちが萎えるようなことを言うなっ」
「書類の山に打ち砕かれるようじゃ大した野心じゃないんじゃねぇの?」
 クスクスと笑いながら言うハボックをロイは悔しそうに睨む。
「喧しいッ!そんなことを言うなら少しは協力しろッ!コーヒーおかわりッ!」
「はいはい」
 ダンッと叩きつけるようにロイが置いたカップをハボックは手に取った。
「まあ、とにかく頑張って。肝心の当日、書類が終わらなくて中尉さんに残業しろとか言われないでくださいよ」
「やめろ。冗談に聞こえん」
 本当にそんなことになりそうで、ロイはブルリと身を震わせる。ここまできて陣を発動出来ないどころか、陣を描くことすら出来なかったらあまりに間抜けだ。
「早くコーヒーを持ってこい。こんな書類のおかげで陣を描けなくなってたまるかッ」
 そう言ってガリガリとペンを走らせるロイにクスリと笑って、ハボックは空になったカップをトレイに乗せて執務室を出た。



→ 第六十二章
第六十章 ←