FLARE BLUE  第五十章


「おっじゃましまぁす」
 車をガレージに停めるとハボックは大きな屋敷の中へと入る。どこへ来いとは言われていなかったが、暗い家の中灯りが漏れる扉に歩み寄った。
「大佐?」
 カチャリと扉を開ければそこはリビングだった。大きな暖炉とふかふかの絨毯、見るからに高級と知れるソファーセットや飾り棚が置かれたその部屋は、住居というよりモデルハウスのように生活の匂いがしなかった。
「ちゃんと停めてきたか?」
 声のする方を振り向けばロイが水のボトルを手に奥から出てくる。ドサリとソファーに腰を下ろすロイにハボックが言った。
「アンタ、本当にここに住んでるんスか?」
「どういう意味だ?」
 質問の意味が判らずロイは不思議そうにハボックを見上げる。ハボックはロイの手からボトルを取り上げ一口飲んで答えた。
「アンタの匂いがしない」
 そう言うハボックの言葉にロイが怪訝そうに眉を寄せる。ハボックの手からボトルを取り返してロイは言った。
「訳の判らん事を。お前は犬か?」
 ロイは言って水を口にする。フゥと酒精の混じる息を吐き出すロイを見て、ハボックが言った。
「アンタがここで暮らしてる匂いがしないって言ってるんスよ。まるでモデルルームみたいだ。本当にここ、アンタの家っスか?」
「失礼な奴だな」
 見つめてくる空色をロイは軽く睨む。残り僅かになった水を一気に飲み干すと、最後の一滴まで飲もうとするように仰向いて開いた口にボトルの水を垂らした。
「エロいっスよ」
 開いた口から紅い舌を差し出して滴を受けようとするロイを見て、ハボックが言う。ちろりと流し目に見つめてくる黒曜石を見下ろして、ハボックは目を細めた。
「ねぇ、アンタ、オレの事を知りたいって言ったっスよね?」
「ああ」
「しかもその後家にオレを招き入れて」
 と、ハボックは手を伸ばしてロイの顎を掬う。
「それって誘ってると思っていいんスよね?」
「は?何言って────」
 訳が判らんと眉を寄せたロイは、次の瞬間ハボックの肩越し天井を見上げている事に気づく。ソファーに押し倒されて驚いたように見上げてくる黒曜石にハボックが笑った。
「相手を知るにはセックスってのは一番手っとり早い方法っスもんね」
 スッと目を細めてハボックがのし掛かってくる。そうなって初めて、ロイは己の置かれた状況に気づいてハボックを押し返そうとした。
「別に私は誘ったつもりなんて────んんッ!」
 最後まで言い終える前に唇を塞がれてロイは慌てて逃れようと身を捩る。だが、自分よりずっと大柄な男に押さえ込まれては逃れようもなく、ロイは圧し掛かってくるハボックを目を吊り上げて睨んだ。
「いつ私がお前を誘ったっ?!」
「どう考えてもこれは誘われてるシチュエーションっしょ」
「お前はいつも雇い主を襲うのかっ?」
「そんな人聞きの悪い」
 キッと目を吊り上げるロイをハボックは面白そうに見下ろす。ロイの頬を優しく撫でて言った。
「知りたいんじゃねぇの?オレのこと」
「それは」
 確かにハボックの事を知りたいのは確かだ。だが、その手段としてセックスするのは違うと思う。
「確かにお前のことを知りたいと言ったが」
「じゃあ迷うことねぇじゃないっスか。しかもオレのこと手に入れたいんでしょ?」
「それは────、ちょ……っ、待て待てッ!」
 言うなり首筋に唇を寄せられて、ロイはジタバタともがく。腕の中で往生際悪く暴れるロイに、ハボックはクスクスと笑った。
「往生際が悪いなぁ。覚悟決めなさいよ」
「いやだがしかしッッ!!」
「大佐」
 クスクスと笑っていたハボックの顔から不意に笑みが消える。低く呼ぶ声にハッと目を見開くロイにハボックが言った。
「オレの事知ってよ」
「ハボック」
 低く囁いてじっと見つめてくる空色にロイは息を飲む。ゆっくりと近づいてくる空色をロイは身動きできずに見つめていた。


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