FLARE BLUE  第四十七章


 次から次へと皿が運ばれてくるままにロイは料理を頬張る。気がつけば普段食べるよりもずっと多くの量を腹に納めて、ロイは満足げなため息をついた。
「もう一杯だ」
 ロイはため息と共に言葉を吐き出して膨らんだ腹を撫でる。ここが家ならボトムのボタンを外したくなるほど満腹だと思うロイの前にコトリと音を立てて小さなガラスの器が置かれた。
「シャーベットどうぞ。コーヒーよりこっちの方がいいでしょう?」
 そう言ってにっこりと笑うミラをロイは見上げる。確かに腹が一杯でコーヒーはとても無理だが、シャーベットなら食べられそうだ。
「ありがとう、頂くよ」
 ロイは礼を言って器を手に取る。小さなスプーンで口に運べばグレープフルーツの爽やかな苦みが口に広がった。
「口がさっぱりする」
 口の中に残った油っぽさが消えてロイは自然と笑みを浮かべる。向かいの席で煙草の煙を吐き出すハボックに言った。
「お前は食べないのか?」
「オレはこっちで」
 聞かれてハボックは指に挟んだ煙草を軽く振る。白い煙を上げる煙草を見て、ロイは眉を顰めた。
「こっちの方が旨いのに」
「そんな事ないっスよ」
「いや、絶対これの方が旨い」
 そう言ってパクリとスプーンを口に運ぶロイにハボックはニヤリと笑う。腰を浮かして手を伸ばすとロイの顎を掴んだ。
「じゃあ比べてみて」
「ッ?!」
 そう言ったハボックの唇がロイのそれを塞ぐ。重なった唇から煙草の煙を吹き込まれて、ロイは目を見開いた。
「何をす────ゲホゲホッッ!!」
 吹き込まれた煙を飲み込んでしまって、ロイが激しく咳き込む。
「どう?旨いっしょ?────イテッ!」
 ニヤリと笑って言ったハボックは、トレイで叩かれた頭を押さえてミラを振り向いた。
「なにすんだよ、ミラ」
「悪さしたら許さないって言ったでしょ!」
「悪さじゃねぇもん。食べ比べだし────テッ!暴力反対!」
「なにが食べ比べよ」
 もう一発トレイでハボックの頭をはたいたミラは、急いで水を持ってくると咳き込むロイにグラスを差し出す。ミラに背を撫でられながら水を飲んで、ロイはホッと息を吐き出した。
「ありがとう、もう大丈夫だ」
「ごめんなさい、躾がなってなくて。後でよく叱っておくから」
 そんな風に言うミラと言われて顔を顰めるハボックの様子にロイはクスリと笑う。ハボックが言っていた通り姉のようだとロイが思っていれば、煙草を灰皿に押しつけて立ち上がったハボックが言った。
「もういいもん、さ、行きましょ、大佐」
 不貞腐れたように言ってハボックはロイを促す。グラスを置いて立ち上がるとロイは言った。
「とても美味しかったよ。ごちそうさま、ミラ」
「よかったらまた来て」
 そう言って笑うミラに頷くと、ロイはハボックを追って店を出た。吹き抜ける風が火照った頬に心地よい。車をそのままに歩き出すハボックと並んで歩きながらロイは言った。
「いい店だな」
「でしょう?」
 ロイの言葉にまるで自分が褒められたようにハボックが笑う。その笑顔にドキリとするロイに気づいているのかいないのか、ハボックはフゥと煙を空に向かって吐き出した。
「本当はママに会わせたかったんスけど」
「ああ、占い師の」
「来なかったなぁ……わざとかな」
 やれやれと頭を掻いてハボックは歩いていく。角を曲がり狭い路地を抜ければ小さな公園があって、ハボックはその中へと入っていった。
「流石に食い過ぎたかな」
 ハボックは言ってお椀を伏せたような丸い形をした遊具によじ登る。その一番上に立って、ハボックは夜空に向かって煙を吐き出した。
「怖くないんスか?アンタ」
「怖い?なにがだ?」
 唐突にそう尋ねられてロイは首を傾げる。夜空に溶けるように消えていく煙の行方を目で追いながらハボックは言った。
「さっきだって命を狙われた。三日後には訳の判らない錬成陣を発動させるつもりだ。怖くねぇの?」
「私が怖いと思うのは真実を見失うことだ」
「じゃあオレの事は?」
 ハボックは言って空に向けていた視線をロイに向ける。遊具の上に立つハボックを見上げたロイは、ハボックの背後で虚ろに輝く月が奇妙に大きく見える事に気づいて目を瞠った。
「お前のことは」
 ロイは言ってハボックをじっと見つめる。
「私はお前のことをもっと知りたい」
「────へぇ」
 無意識に唇から滑り出た言葉を聞いてハボックは目を細めた。立っていた遊具をタンッと蹴ってロイの前に飛び降りる。
「知って……どうするんスか?」
「どうって……」
 どうするのかなどとまでは考えていない。ただ知りたいだけだとじっと見つめるロイに、ハボックはゆっくりと手を伸ばした。


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