FLARE BLUE  第四十五章


「さあて、どこに行きましょうかね。どっか行きたいところあるっスか?」
 ハンドルを握ったハボックが言う。外を流れる街の灯りを眺めながらロイが答えた。
「腹が減った。なにか食いたい」
「アンタ」
 素直に欲求を口にすればプッと吹き出されてロイはハボックを睨む。
「いやだって、殺されそうになった直後なのに“腹減った”って」
「そう言うお前だって“デートしよう”って言ったろう?エリーゼに穴を開けられそうになったばかりだというのに」
「あー、思い出したらムカついてきた。今度会ったらオレのエリーゼちゃんに酷いことした報いを思い知らせてやる」
 車の事を口にすれば、途端に咥えていた煙草をギリと噛み潰してハボックが言う。「あ」と小さく呟いてハボックはムゥと突き出した唇から外した煙草を捨てて新しいものを咥えなおした。
「んじゃ、とりあえずメシにしますか。そうだなぁ、食いたいもんがないならオレの知ってるとこでもいいっスか?」
「ちゃんとまともなものが食えるならいい」
「なんスか、そのオレが普段まともなもん食ってないみたいなの」
 相変わらずなロイの物言いにハボックがクシャンと顔を顰める。それでも巧みなハンドル捌きで車を走らせるハボックをロイはチラチラと見た。
(本当にどういう男なんだろう。互いをよく知る機会って……本気で私に正体を晒す気があるのか?)
 デートなどと軽口を叩くのに乗せられてついてきたが、ロイはこの男の事を何も知らないと言うことを改めて思い出す。一応ハボックを雇っている形にはなっているが、いつ何時裏切ってロイの身を危険に晒す恐れがないとは言えない。その程度にはマスタング大佐という存在が敵対する勢力にとって重要なものであるという自覚がロイにはあった。それでも。
(私はコイツが一体何者なのか知りたい)
 笑みを刷いた唇に煙草を咥えてハンドルを握る男の横顔をロイはそっと伺った。


「おい、ここに車を入れたらあの車、出られないんじゃないのか?」
 暫く走ったと思うと店の裏手の駐車場と呼ぶにはこじんまりとしたスペースに車を突っ込むハボックにロイが言う。既に停まっていた車にぶつかるんじゃないかという距離に車を停めて、ハボックが言った。
「そっち開かないんでこっちから下りて下さい」
 そう言いながら開けた運転手側も人が漸くすり抜けられるスペースしかない。ロイはサイドブレーキを乗り越えて運転席に体を移すとハボックが押さえてくれてるドアの隙間から外へと出た。
「ここは?」
 通りに出れば小さい店がごちゃごちゃと建ち並ぶ界隈を見回してロイが言う。ハボックはロイを促すように歩き出すとすぐ側の店へと入っていった。
「オレの知り合いがやってる店っス。結構旨いんスよ」
「ふぅん」
 イーストシティに住んでいてもこの辺りには来たことがない。ハボックについて店の中に入ったロイは促されるまま一番奥のテーブルについた。
「あら」
 そうすれば驚いたような声が聞こえてロイは顔を上げる。どうやら注文を取りにきたらしい金髪の美女が驚きに緑色の瞳を見開いて二人を見ていた。
「こんばんは、ミラ」
「なによ、連れてきたの?」
 意外そうに言うミラと呼んだ美女を腰を浮かせたハボックは腕を伸ばして引き寄せる。そのままハボックがミラの唇を己のそれで塞ぐのを見て、ロイは目を見開いた。
「腹が減ったっていうからさ」
「うちの料理なんて口に合わないんじゃないの?」
 離した唇をペロリと舐めるハボックにミラが言う。そうすればハボックはミラを離して答えた。
「そんなことないって。ミラの料理は旨いもの。ね、大佐も食べてみたいと思うっしょ?」
「────私は別に腹が満たされればなんでもいい」
 ね?と話を振られて、ロイはプイとそっぽを向きながら答える。そんなロイをじっと見て、それからハボックを見たミラは言った。
「アンタね、こういうまともな人に悪さしたらあたしが赦さないわよ」
「悪さなんてしてないってば」
「マスタングさん、コイツが何か悪いことしたらあたしに言って頂戴ね。ぶん殴ってやりますから」
「えっ?」
「ミラ〜っ」
 唐突にそんなことを言われてロイは目を丸くする。そんなロイにニコリと笑ったミラは、ハボックを見て言った。
「適当に用意するわ。それでいいでしょ?」
「うん、ありがとう、ミラ」
 ちゃんとした注文を取らずにミラは奥へと行ってしまう。抜群のプロポーションを誇る美女を見送ったロイは、プカリと煙草の煙を吐き出す男をチラリと見て言った。
「彼女はその……お前の恋人なのか?」
 目の前で交わされたごく自然なキス。何故だか胸が痛むのを感じながらそう尋ねれば、ハボックは肩を竦めて言った。
「違うっスよ」
「えっ?でも今キスして……」
「ミラはそうだなぁ……腐れ縁っつうか、姉さんみたいなもん?」
 ハボックは腕組みをして「うーん」と考えながら言う。半信半疑見つめてくる黒い瞳に気づいて、ハボックはニヤリと笑った。
「なに?もしかしてヤキモチ?」
「な……ッ?別にそんなんじゃないッ!」
 カッと顔を赤らめたロイは言ってそっぽを向く。クスクスと笑って見つめてくる視線を紅く染まった頬に感じながら、ロイはどこかホッとしていた。


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