FLARE BLUE  第四十三章


「遅い」
 ロイはポケットから銀時計を取り出して呟く。パチンと閉じた時計の蓋を苛々と指でこすっていたロイは、カランとドアベルが鳴る音に振り返った。
「……っ」
 だが、店に入ってきたのは期待していた男のものとは全く違う姿形で、ロイはため息をつく。再び体を前に戻してムッと唇を引き結ぶロイにバーテンが言った。
「まあ、これでも飲んでのんびり待ってなよ。苛々しても仕方ないだろう?短気だなぁ、アンタ」
 クスクスと言いながらグラスを差し出すバーテンをロイはジロリと睨む。カウンターに置かれたカクテルのグラスを見てボソリと言った。
「頼んでない」
「これは俺からの奢り。あんまり苛々すると眉間の皺、戻らなくなっちゃうよ」
「っ」
 そんな風に言われてロイは思わず眉間を指で擦る。その仕草にクスクスと笑ったバーテンは、他の客に呼ばれて向こうへ行ってしまった。
「皺がとれなくなったらアイツのせいだ」
 ロイはボソリと呟く。それでも流石に気になって、大きく息を吸っては吐いてを繰り返すと置かれたグラスを手に取った。
「なにしてるんだ、本当に」
 グラスに口を付けちびちびと飲みながらロイは言う。ハボックのアパートがどこにあるのかはよく判らないがここからそれほど遠くとも思えず、行きは歩きでも帰りは車に乗ってくるのだからもうそろそろ戻ってきてもいいように思えた。
「まさか本当にフケたんじゃなかろうな」
 そう考えれば三日後と言ったのも嘘ではかろうかと思えてくる。
「クソッ、あの野郎……ッ」
 ロイが口の中でハボックの事を罵った時、バンッと乱暴な音と共に店の扉が開いてドカドカと男が数人入ってきた。
「確かにここにいるんだなッ?」
「そういう情報だ!」
「あれは」
 大きな音と大声に思わず振り向いたロイは、その中に見覚えのある顔を見つけて目を瞠る。手にしていたグラスをカウンターに置くと、身を屈めるようにしてバーテンに言った。
「おい、他に出入口は?」
「えっ?ええと、厨房から裏に出られるけど」
「そこから出させてくれ」
 ロイは言って酒代に数枚足して紙幣を置く。それを見てバーテンは早口に言った。
「カウンターの右手から中に入れるから」
「判った」
 ロイは頷いて身を屈めながらカウンターに沿って動く。カウンターの右端の板を持ち上げて中へ入ればバーテンがロイを手招いた。
「こっちへ」
「ああ」
 ロイが足早にバーテンの方へ歩み寄り、厨房への扉を抜けようとした時。
ガッシャーン!!
 別のバーテンが取り落とした金属製のトレイが派手な音を立てて転がる。大きな音に店の中の全ての視線がカウンターの中へと向けられ。
「あそこだ!逃げるぞッ!」
 先程店に入ってきた男の一人がロイを指さして大声を上げた。
「クソッ!」
 一斉に向かってこようとする男たちに背を向けて、厨房を走り抜けたロイは扉から外へと飛び出した。


「なんで奴らがここにッ?」
 店に押し入ってきたのはあの杖男と一緒にいた大男たちだった。以前陣を描きに倉庫街へ行った時とその前に街中で、二度襲われた事はあったがそれ以来接触はなかった。ロイがあのブレスレットを持っている以上狙われる理由は確かにあったが、奴らはまるでロイがあの店にいることを判っていて押し入ってきたようだった。ロイの顔と身分を知っている者はこのイーストシティには大勢いるが、それ故逆に人が大勢いる場所で襲われる事はないだろうと思っていただけに、ロイは己の迂闊さに舌打ちした。
「これも全部ハボックのせいだッ!アイツがさっさと戻ってきていれば────うわッ!」
 路地を駆けながらハボックを罵っていたロイは、ヒュンッと間近を掠めた銃弾に首を竦める。近くに積んであった木箱の一番上に手をかけると思い切り引いて地面に倒した。大きな音を立てて崩れる木箱に見向きもせず、ロイは路地のあちこちに積まれたゴミ箱やら樽やらを崩して駆けていく。背後で聞こえていた怒声と荒々しい足音が多少遠ざかりはしたもののまだ完全に撒いたとは言えず、丁度さしかかった角から通りへと飛び出したロイは目の前にスッと停まった車にギョッとして身を強張らせた。


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