FLARE BLUE  第四十一章


「とりあえずの目途はたったとして……どうすっかな」
 ミラの店を出てぶらぶらと歩きながらハボックは呟く。ハウラが三日後の新月の夜と指定したならその日以外に行動を起こす気はこれっぽっちもなかったが、だからと言ってそれまでの間ぼんやりと過ごすのもつまらない気がした。
「それにしてもママってば何でもお見通しっていうか、わざわざ陣を発動させなくてもママに聞けば全部判るんじゃねぇの?」
 軍の情報網を以てしても判るまでに時間を要したゲーティアの事も詳しく知っている様子だった。それにハウラは名だたる占い師だ。カードの中にその全てを見いだしてしまわないと誰が言えるだろう。
「大佐の事もよく知ってる風だったしな」
 軍の要職につくロイとハウラに接点があるとは思えない。要人の中には占いに頼る者もいるという話も聞いたことはあるし──実際ハウラの客の中には政治家などの客も多いのだ──そういう客のおかげでハウラの商売が成り立っているとも言えるが、ロイはそういう類の人種とは違い何事にせよ己の力で切り開いていくタイプだった。そうであればハウラが直接ロイを知る機会はないと思われたが。
『彼には力がある』
 ハウラはきっぱりとそう言った。その言葉の意味は単にロイが軍の要職であるが故に権力を持っているというものではないこと位ハボックにもよく判る。ロイの力はハボック自身が持つ力と種類は違うが大きな意味では同じものである筈だった。
「オレと二人揃ってるのが良くないとか言ってたな。でも、だからと言って一緒にいるなとも言わなかった」
 それならばハボックがロイと一緒にいることに意味があるのだ。良くないとハウラに言わせる以上の意味が。
「だったら一緒にいろってことだよね」
 どんな人間の言葉よりハウラの言葉には力がある。
「勝負は三日後。それまでは、っと」
 ハボックはニヤリと笑うとポケットに手を突っ込み通りを歩いていった。


「くそ……っ、相変わらず容赦ないぞ、中尉」
 よろよろと夜も更けた通りを歩きながらロイは呟く。結局一日執務室に缶詰で書類の山に向き合わされて、漸く解放された時にはもう太陽はとっくに地平線の彼方に去った後だった。このまま家に帰るのも味気なくて、ロイは送迎の車を断って夜の街に出てきていた。
「どこかレストランでメシ……いや、バーにしよう」
 腹も減っているがそれ以上に心に潤いが欲しいと思う。行きつけのバーでなら見目麗しく会話も楽しい女性と出会って今日一日の疲れも癒せるだろうと、ロイは丁度差し掛かった角を曲がった。
「いらっしゃいませ」
 カランとドアベルを鳴らして扉を開けて中に入れば、顔見知りのバーテンが声をかけてくる。それに頷いてスツールに腰掛けると、何も言わずともロイの前にグラスが置かれた。
「お待ち合わせですか?」
「いや、今日は一人だよ」
 そう答えるロイにバーテンがロイの後ろを見る。「なんだ?」とその視線を追って振り向いたロイは、背後に男が立っていたことに気づいて目を見開いた。男の腰元に向けた視線をロイは男の体の線に沿って上へと上げていく。首の上に乗った顔に視線が達するに到って、ロイは思い切り顔を顰めた。
「こんばんは、大佐」
「お前」
 にっこりと笑う空色をロイはギロリと睨みつける。だが、ハボックはまるで気にした風もなくロイの隣に腰を下ろすとバーテンに注文した。
「どうしてお前がここにいる」
「え?ああ、丁度アンタがこの店に入っていくのが見えたんで」
 ナイスタイミングと笑うハボックにロイはチッと舌打ちする。ハボックがいたのではとても女性との出会いは望めず、ロイは余計に疲れが増した気がしてグラスを呷った。
「どうせ来るならどうしてもっと早く来ないんだッ」
「なに?そんなにオレに会いたかったんスか?────イテッ」
 ニッと笑って顔を覗き込んでくるハボックの足を、ロイはカウンターの下で蹴飛ばす。大袈裟に痛がってみせるハボックにフンッと鼻を鳴らしてロイは言った。
「お前がとっとと来ればこんな時間まで書類に追われることもなかったんだッ」
「それは自業自得ってもんでしょ」
 そもそも書類を溜めなければ追われる書類もなかった筈だと言われて、ロイはグッと言葉に詰まる。痛いところを突かれて、ロイはゴクゴクとグラスの中身を飲み干して言った。
「それで?準備は出来たのか?」
「んー。とりあえず三日待って下さい」
「三日ァ?そんなに待てるかッ」
 ロイは空になったグラスをダンッとカウンターに置いて言う。
「準備が出来たならさっさと────」
「駄目っス。ママが三日後の新月の夜って言ったんで」
「ママ?」
 言いかけた言葉を遮ったハボックの言葉の中の単語にロイは眉を顰めてハボックを見る。その黒曜石に浮かぶ色を見て、ハボックは慌てて言った。
「母親じゃないっスよ。みんな彼女のことをママって呼ぶんス。ママ・ハウラって知らないっスか?その方面じゃ有名なんスけど」
「残念だが知らんな。どこかの店のマダムか何かか?」
「占い師っスよ」
 聞けば返ってきた答えにロイがあからさまに軽蔑するような表情を浮かべるのを見てハボックは苦笑する。
「科学者には相入れない職業かもしれないっスけどね、彼女の言葉には耳を傾けることにしてるんで、オレ」
「────フン」
 そう言うハボックの瞳に浮かぶ信頼にロイは軽く鼻を鳴らすにとどめる。
「それなら三日後までどうする気だ?」
「アンタは幾らでもやらなきゃいけない書類が待ってるじゃないっスか」
「────それは嫌だぞ」
 さらりと言われて低く呻くロイにハボックはクスリと笑って煙を吐き出した。
「それが嫌ならオレの提案に乗ります?」
 ホークアイがいたならハボックのくだらない提案に乗るより書類を片づけろと言うに違いない。それでも。
「なんだ?」
 三日も書類の山に追われるよりは絶対いいに決まっていると、ロイは面白がるような光を浮かべる空色を見返して尋ねた。


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