FLARE BLUE  第三十七章


 コチコチと壁の時計が時を刻む。ボーッとして待っていても仕方ないと書類に目を通していたロイは、窓辺に佇むハボックを盗み見た。
(本当に一体コイツは何者なんだろう)
 そもそも他人(ひと)を安易に近づけない己がハボックをこうして側に置いているのが自分としても信じられない。そう考えればふと出逢った時の事が思い出されて、ロイは顔を赤らめた。
(そうだ、そもそも私はコイツに対して腹を立ててたんじゃないか)
 街を歩いていれば突然前に立ちはだかった男。
『ちょっと、手ぇ貸して』
 そう言ったと思うとロイに何か言う間も与えず唇を奪った。ロイを己の彼女だと、デートの邪魔をするなと言って揉めていた相手をやり過ごそうとしたハボックだったが、結局やり合う事になってしまった。多勢に無勢、乗りかかった船と手助けしようとするロイを押し留めて、ハボックはものの数分で男達を蹴散らした。
『こいつらはオレに喧嘩を売ってきた。オレの獲物だ』
 手を貸そうとするロイに向かってハボックが言った言葉を思い出せば、ロイの背筋がゾクリと震える。綺麗な空色と輝く金の光を湛えた一匹の獣のようなハボックの戦いぶりは、ロイの中に焼き付いて消えなくなった。そうして何度か会ううちに気がつけばハボックはロイにとって大きな存在となっていて────。
(ちょっと待て。それじゃあまるで私がアイツに恋でもしているかのようじゃ────)
「大佐ァ?ちゃんと仕事進んでるっスか?」
「ッッッ!!!」
 そう思った丁度その時、間近から声が聞こえてロイは飛び上がる。椅子ごと後ろにひっくり返りそうになったロイを、ハボックの力強い手が支えて引き戻した。
「なにやってるんスか?頭打ちますよ?」
 ハボックは呆れたように言いながら椅子を元に戻してやる。間近に迫る空色をなにも言い返せず見返すロイに、ハボックが不思議そうに首を傾げる。頬に手を伸ばしてハボックが言った。
「目ぇ開けて気絶してんじゃないでしょうね?」
「バッ、バカッッ!!そんなわけないだろうッッ!!」
 カアッと顔を真っ赤に染めて、ロイはハボックの手が届かないように身を仰け反らせる。そうすれば再び椅子から落ちそうになって、離れようとしていたハボックに却って引き寄せられる羽目になった。
「落ち着かないなぁ。なにやってんスか」
「べっべっべっ別にッッ」
「ああもう、唾飛ばさないの」
 苦笑して言ったハボックは、ロイの口元をペロリと舐める。その途端硬直して動かなくなるロイにハボックがクスクスと笑った。
「アンタ、本当に見てて飽きないっスね。ねぇ、悪魔呼んだらこの国を支配させてくれって願ったらどうっスか?それじゃなかったらオレのお嫁さんにしてくれ、とか」
「ッ?!ふっ、ふざけるなッ!そんなこと願う筈ないだろうッ!」
 ロイは大声で叫んでハボックの体を押しやる。そんなロイを笑みを浮かべて見つめながらハボックは押しやられるままに体を離した。
「そもそも悪魔なんていない。コンラッドがあんな風に死んだのは何かしらの術によるものだろう。悪魔なんていやしないんだッ!」
 キッと黒曜石の瞳を吊り上げて怒鳴るロイをハボックは面白そうに見つめる。ロイはハボックを睨みつけて言った。
「悪魔などいない。あれは変種の錬金術だ」
 きっぱりと言い切ればハボックが笑みを浮かべる。
「ふぅん。……まあいいや。今はそう言うことにしておきましょう。いずれにせよもう一度錬成陣を描けば何かしらわかるでしょうし」
 ハボックは言って腰を屈めるようにしてロイの顔を覗き込む。
「錬成陣の中から現れるのは悪魔か将又(はたまた)別のものか……楽しみっスね」
 そう言うハボックの瞳がスッと細められてロイを見る。言い返す事も出来ずに目を見開くロイにハボックが手を伸ばそうとした時、コンコンとノックの音がしてホークアイの声がした。



→ 第三十八章
第三十六章 ←