FLARE BLUE  第三十四章


「まったくもう、無茶ぶりすんだから……」
 ハボックは司令室の片隅に置かれたソファーにドサリと腰を下ろして呟く。ロイから預かった陣の文字の一部が書かれた紙片をテーブルに広げ、じっと眺めていたがやがて諦めたように頭をソファーの背に預けた。
「オレは錬金術師じゃねぇっての」
「それじゃあなんなのかしら?」
 そう尋ねる声に、ハボックは頭をソファーの背に預けたまま視線だけを向ける。そうすればトレイを手に立つ鳶色と目があって、ハボックはそろそろと居住まいを正した。そのハボックの前にホークアイはトレイに乗せていたコーヒーのカップを置く。「どうも」と短く礼を言って、ハボックは一緒に出されたミルクや砂糖には手を伸ばさずブラックのままのコーヒーに口を付けた。
「オレはしがない何でも屋っスよ」
 ホッと一息ついてハボックは答える。だが、その答えに全く納得した様子のないホークアイを見て、ハボックは苦笑した。
「なんか疑ってます?」
「当たり前でしょう。どうしてあの大佐が貴方を信用しているのか判らないわ」
 ホークアイは言ってチラリと執務室の扉を見る。己の上官を執務室の書類の山の中に追いやった副官を見上げて、ハボックは言った。
「それは大佐に聞いて下さいよ。オレはあの人に雇われただけだし」
「キスひとつで?」
 聞かれてハボックはクッと笑う。見下ろしてくる鳶色を見つめて、ハボックはクスクスと笑った。
「あの人にはアンタみたいな副官がいいんだろうなぁ。美人だししっかりしてるし」
「茶化さないでちょうだい」
「美人でしっかりしてて、言うべきは言って彼の周りには抜け目無く目を光らせて────アンタが副官で控えてるからあの人は好きなように動ける。そうっしょ?」
「貴方……」
 その空色に面白がるような光をたたえる男をホークアイは鋭い目で見つめる。その名の通り全てを見通す鷹の鋭い目でも正体が掴めない男に、ホークアイは僅かに眉を顰めた。
「貴方、本当に何者なの?大佐に近づいたのは何の為?」
 低く尋ねる言葉を聞きながらハボックはコーヒーを啜る。カップをテーブルに戻して、ハボックはホークアイを見た。
「さっきも言ったっしょ。オレはしがない便利屋。大佐に会ったのは偶々だけど、手伝う事にしたのは……そうっスね」
 と、ハボックは考える仕草をする。
「面白そうだから、かな」
 そう言えば途端に纏う空気の温度を一気に下げるホークアイにハボックは慌てて言った。
「大丈夫。やるって言ったからにはちゃんとやるっスよ。あの人、なんかしっかりしてるようでどっか抜けてるし、ほっとくとふわふわ行っちゃいそうっスしね」
 言って笑みを浮かべるとハボックはテーブルに置いた紙片に手を伸ばした。
「まずはこれかな。オレ、錬金術は詳しくないんスけど、中尉さんはあの陣、なんだと思います?」
「そうね……私にはあれは普段大佐や他の錬金術師達が使っている陣とは種類が違うと思うわ」
「と言うと?」
 聞かれて答えた言葉の先を促されて、ホークアイはハボックの向かいに腰を下ろす。見つめてくる空色を見返して口を開いた。
「錬金術師達が使う陣は錬金術の力を発動させるための物。錬金術は物質の中の法則を理解して分解し再構築する科学の一分野よ。生み出す物がなににせよ無からは生み出せないし、それは必ず自然の摂理と質量の保存という法則に乗っ取っている。でも、あの陣は錬金術師が使う陣とは生み出す物が違う、そんな気がするの」
「なるほど。流石上官が錬金術師だけあるっスね」
 感心したように言えば途端に鳶色の瞳に睨まれて、ハボックは慌てて顔の前で手を振る。 
「からかってねぇっスから!……ほんと怖い中尉さんっスね」
「少し口のきき方を覚えた方がいいんじゃなくて?便利屋なんでしょう、お客が逃げるわよ」
「オレんとこに来る客には口のきき方を気にするような上等なのはいないから大丈夫っス────あ、勿論大佐は上等な部類っスけど」
 慌てて付け足すハボックにホークアイはため息をついて立ち上がった。
「あ、そうだ、もう一つ。大佐にバッジを渡したんスけど、なんか判ったっスか?」
「今調べてるところよ。そろそろ結果が判ると思うから、そうしたらすぐ教えるわ」
「そうっスか。やっぱこう言うところはやること早いっスね。頼んで正解だった、早くて楽で」
 軍の調査網を都合の良いように使って全く悪びれた様子のないハボックに、ホークアイはもう一つため息をつく。それでも言ったところで仕方ないとこの短いやりとりの間で悟って、ホークアイは言った。
「まあいいわ。とにかく協力すると言ったのだからきっちり働いて貰うわよ」
「アイ・マァム。お役に立てるよう頑張ります」
 ピッと砕けた敬礼を投げればもう一度ジロリと睨んで立ち去るホークアイの背を見送って、ハボックはホッと息を吐く。最後に底に残ったコーヒーを飲み干して、ハボックは身を乗り出すようにして細かな文字を記した紙片を見つめた。
「錬金術師が描く陣とは違う、か。焔を操る杖男といい、ヤバイんじゃねぇの?これ」
 拙い事に首を突っ込んでしまったかとハボックは眉を顰める。
「まあ、でも……面白そうだからいいか。これも────大佐も」
 ハボックはニヤリと笑って呟くと、ロイが書類に埋もれている執務室へ目をやった。



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