FLARE BLUE  第三十一章


「ヒャッホーイ!!」
 スピードを緩めないまま倉庫街を走り抜けた車は表の通りへと出る。そこで漸くスピードを落とすとハボックは他の車に混じって車を走らせた。
「ねぇ?やっぱエリーゼちゃんは凄いっしょ?流石っスよね!」
 通りに出てもまだ後ろを振り返っていたロイは、ハボックの声にピクリと震えて体を元に戻した。
「よく大丈夫だったな……」
 肺の空気を全部吐き出してしまうような大きなため息をついてロイが言う。鉄塔が崩れてくるのを目にした時はこれでもう一巻の終わりだと思った。正直まだ体が震えている。今こうして普通に通りを走っているのがとても信じられなかった。
「絶対潰されたと思った」
 普通の車だったら倒れてきた鉄塔にぶち当たって自爆していた筈だ。いや、この車でもあの瞬間スピードを上げて走り抜けていなければぶつかっていた。本当に紙一重だったのだ。あのギリギリの瞬間、迷わずアクセルを踏み込む度胸と僅かな隙間をすり抜けて走る運転技術と、ロイはハボックの技量の高さを賞賛しないわけにはいかなかった。
「大した腕前だな、お前」
「お褒めに与り光栄っス」
 その気持ちを素直に言葉にすれば、ハボックがニヤリと笑って答える。兎にも角にも危機的状況を回避して、ロイはホッと息を吐いてシートに体を預けた。
「安心したら腹が減ってきたっスね。どっかでメシでもどうっスか?」
「そうだな……」
 運転しながら言うハボックにロイは頷く。確かに小腹が空いてはいたが、それよりもなにか大事なことを忘れている気がして、ロイは首を捻った。
「何か忘れてないか……?」
「何か言いました?」
 呟くロイの声を聞き取れず、ハボックが聞き返す。それには答えず腕を組んで首を傾げているロイに、ハボックは肩を竦めて車を走らせると小さなレストランの駐車場に車を入れた。
「考えるのは後にしてメシにしましょう」
「……ああ」
 言って車を降りるハボックに続いてロイも車を降りる。パンッとドアを閉め車を見れば、細かな埃に覆われ幾つもの小石の欠片が乗っていることに気づいて、ロイは本当に間一髪だったのだと思った。
「入らないんスか?」
 呼ぶ声にハッと見れば、ハボックはもうレストランの入口で待っている。足早に近づいてくるロイを待って、ハボックはレストランの扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
 中に入れば店員の元気な声が飛び出してくる。それと同時にチーズやガーリックの焼ける匂いがして、ロイの腹がグゥと鳴った。
「ここのピザ、旨いんスよ」
「へぇ」
 言われて厨房の奥を見ると大きな釜があるのが見える。ピザの生地をこねるコックを横目に、ロイはハボックに続いて店の奥へ進むとテーブルについた。
「何がいいっスか?」
「何でも。任せる」
 そう言うロイに頷いて、ハボックは店員を呼ぶとマルゲリータとビスマルク、シーザーサラダとアイスコーヒーを注文した。
「いい匂いっスね〜。ますます腹が減ってくる。っていうか、助かったと思うと余計に腹が減る気がしないっスか?」
「そうだな」
 確かに命のやりとりをした後は腹が減ってくる。きっとあの状態がずっと続いていたら腹も減らないのだろうなと思うと、なんて人間というのは勝手な生き物なのだろうとロイは思った。そんなことを考えれば、襲われたさっきの状況が頭に浮かぶ。再び腕を組んで考え込むロイに、ハボックがクスリと笑った。
「また考えごと?軍人ってのは難儀な商売っスね。せめて食べるとき位余計なことを考えるのはやめましょうよ」
「……ああ」
 ハボックの言葉に頷きながらもロイの思考は時間を遡っていく。鉄塔と地面の隙間を車がすり抜けて戻っていき杖男が繰り出す火球をよけて倉庫の中を走り、そして陣を描き────。
「お待たせいたし────」
「あーーッッ!!」
 丁度焼きあがったピザを持ってきた店員は、いきなり大声を上げて立ち上がったロイにびっくりして皿を落としそうになる。慌てて手を伸ばして皿を支えて、ハボックは言った。
「なんスか、突然」
「お前ッ!!あの陣に足りない言葉を知っていると言っただろう!教えろッッ!!」
 バンッとテーブルに手をついてロイはハボックの方へ身を乗り出す。目を吊り上げて睨んでくるロイに、ハボックは「ああ」と何でもないことのように頷いた。
「言わないから必要ないのかと思ってたっス」
「あんな事があったから一瞬記憶がぶっ飛んだ。というより、お前、覚えてたならさっさと言えッ!」
 キーッと目を吊り上げるロイにハボックはクスリと笑う。ロイの剣幕に怯えて目を瞠る店員に頷いて追いやると、ハボックは言った。
「まあ、折角ピザもきたし。熱い内に食べてからにしましょう。オレ、腹減ったっスもん」
「お前が食べたいだけだろうッ!食べたいから言わなかったなッ?」
 ヘヘヘと笑うハボックに、ロイはハボックの技量を褒めた言葉を撤回してやると思う。それでも食べないことにはハボックが話し出しそうにないのを見て、ロイはピザに手を伸ばした。



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