FLARE BLUE  第三章


 カランと店のドアベルが鳴って金髪の男が長身を屈めるようにして中に入ってくる。テーブルの間の狭い通路を抜けてカウンターに陣取れば、男の側にすぐさまグラマラスな美女が寄ってきた。
「久しぶりね、ジャン。最近ちっとも来てくれないんだもの。私よりいい女みつけちゃった?」
「まさか。ちょっと忙しかっただけだって」
 身振りでバーテンに酒を注文しながらハボックは答える。長い髪を緩く纏め胸の開いたドレスを着た女が、自らを一番セクシーに見せるポーズで見上げてくれば、ハボックは剥き出しの肩にそっと触れた。
「リンダよりいい女なんてそうそういやしないよ」
 ハボックはそう言って、出された酒を一口飲む。女の前にはハボックの物よりもう少し軽めのカクテルが出され、女はにっこりと笑ってハボックのグラスに己のそれを当てた。
「あ、でも、美人の男なら見たかも」
「え?」
「男なんだけどさ、すっげぇ美人なの。唇も柔らかくてさ、ちょっと手ぇ貸して貰うだけのつもりが思わずキスしまくっちゃったし」
 ハボックがそう言うのを聞いて、女はガタンと席を立つ。思い切り嫌そうな顔をして見つめてくるのを見て、ハボックは不思議そうに首を傾げた。
「リンダ?」
「貴方ってそう言う趣味だったわけ?」
「は?」
「男とキスするなんてっ」
 気持ち悪い!と言い捨てて女は行ってしまう。その背をポカンと見送ったハボックは、ポリポリと頬を掻いた。
「女の子と間違っただけなんだけどなぁ。キスだって面倒事避けるためだけだし」
 そう主張してみるものの女はもうとっくに姿を消している。ハボックが肩を竦めてグラスを口に運べば、カウンターの中でグラスを磨いていたバーテンがクスリと笑った。
「いいの?追いかけなくて」
「別にただの知り合いだし」
 誤解されたところで痛くも痒くもないと酒を喉に流し込むハボックにバーテンが苦笑する。
「可哀想」
「どっちが?オレ?」
 そう言って笑う空色にバーテンは笑いながらグラスを拭いていたが、ハボックがグラスを空にした頃合いを見て言った。
「奥に来てるよ」
「あ、ホント?」
 バーテンの言葉にハボックはグラスを置いて席を立つ。
「いつも悪いね」
 ハボックはそう言って酒の代金に紙幣をもう一枚プラスしてカウンターに置くと、店の奥の扉を開けて中に入った。酒のボトルやら食材のストックやらを収めたバックヤードを抜け更に奥の扉を開ける。そうすれば中の椅子に腰掛けていた人物がスッと立ち上がった。
「ジャン・ハボック?」
「ああ」
 ハボックが短く答えるのを聞いて、フードを目深に被った相手が封筒を差し出す。変わったデザインの指輪を嵌めた手が差し出すそれを受け取ると、ハボックは封を切り中に収められた写真を取り出した。
「一週間で探し出して欲しい。その後指定の場所まで届けてくれ」
 そう言う相手をハボックは視線をあげてチラリと見る。それから手元の写真に視線を戻して言った。
「五百万。届けたら追加で百万」
「な……ッ?ふざけるなッ、足下を見るにも程が────」
「じゃあ他を当たれば?」
 ハボックはそう言って写真を封筒に戻し相手に差し出す。グッと詰まる相手が受け取ろうとしないのを見て、ハボックは机の上に封筒を置いて言った。
「別にオレはこの依頼受けなくても問題ないし」
困るのはそっちっしょ、と言ってハボックは取り出した煙草を咥える。少し待てば苛立たしげなため息をついて相手が言った。
「三百万。届けたら五十万で────」
「五百万。追加で百万」
 何とか値切ろうと新たな金額を口にするのを強引に遮ってハボックは言う。言葉に詰まる相手を見てにっこりと笑みを浮かべた。
「どうする?」
「──── 判った」
「まいど。ちなみにうちは前金制なんで」
 どうあっても金額を下げる気はないと察して合意した相手は、畳みかけるように言われて低く呻く。それでもハボックに頼む以外もう手がないのだろう。明日には金を用意すると吐き捨てるように言うと、そそくさと部屋を出ていった。ハボックはうっすらと笑みを刷いた唇に煙草を咥えると机に置いた封筒を取り上げる。もう一度中身を確かめたハボックは、封筒を机に戻し灰皿に煙草を押しつけて部屋を出た。再びバックヤードを抜け店に戻る。チラリとこちらに視線を投げるバーテンに頷くと、今度はカウンターには座らずに店から出ていった。


「──── 結構です」
 書類に目を通したホークアイがそう言うのを聞いて、ロイはホッと息を吐き出す。出来上がった書類をトントンと揃えてファイルに挟むと、鳶色の瞳でロイを見た。
「明日は是非もう少し集中してお願いします。このようなことが二度とありませんよう」
「わ、判った」
 細かく皺の寄った書類を突きつけられてロイは首を竦めて答える。ホークアイは見せた書類もファイルに挟むと、「お疲れさまでした」と言いおいて執務室を出ていった。
「──── やれやれ」
 ロイはハアと息を吐き出して椅子に背を預ける。そのまま暫く椅子に寄りかかっていたが、ガバリと体を起こすとその勢いのまま立ち上がった。
「ハボックめ、待っていろ」
 キスとホークアイのお小言の恨み、晴らさずにはおくまいかと、ロイはコートを引っ掴むと足音も荒く執務室を出ていった。


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