| FLARE BLUE 第二章 |
| 「ちょっと、手ぇ貸して」 そう言った男の端正な顔が至近距離に近づく。空色の瞳が楽しそうな笑みを浮かべたと思うと、ロイの唇に男のそれが重なった。 「なにを……んんッ!」 強引にロイの唇を割り開き、男の舌が押し入ってくる。舌先を絡め上顎をなぞり歯列を辿る熱い舌に、ロイは目を大きく見開いた。 「やめろッ!!」 驚きのあまり、ロイは大声を上げて飛び起きる。そうすれば座っていた椅子から転げ落ちそうになって、ロイは慌てて椅子の袖を掴んだ。 「び、びっくりした……ッ」 ハアとため息をついたロイの顔に影が射す。なんだと見上げたロイの目に、冷たい目でこちらを見下ろすホークアイが映った。 「お目覚めですか?大佐」 どうやら書類を読んでいる間に眠ってしまっていたらしい。鳶色の瞳にじっと見つめられて、ロイは気まずそうに背筋を伸ばして椅子に座り直すとコホンと咳払いして言った。 「ええと……な、なんだったかな」 ひきつった笑みを浮かべてそう言うロイに、ホークアイはあからさまにため息をつく。責める響きを乗せたそれに返す言葉もなく身を縮めるロイに、ホークアイは言った。 「確かにここのところ書類仕事ばかりで退屈なさっているのは判っています。ですが、これも立派な任務です。きちんと仕事をこなして下さらなければ困ります」 「す、すまん」 さすがにそれ以外言葉がなくそう答えるロイにホークアイはもう一つため息をつく。指示されるままに書類にサインを認めれば、ホークアイは決済済みの書類を纏めて執務室を出ていった。 「はあ……」 ロイはやれやれとため息をついて椅子の背に深く体を預ける。目を閉じればたった今夢で見た男の顔が瞼の裏に浮かんで、ロイは慌てて目を開けた。 「くそ……ッ、一体なんなんだ、あの男はッ!!」 そう罵ればキスの感触が蘇ってロイは思わず手の甲で唇を拭う。だが、そんなことをすればかえって口内を嬲る舌の動きまでが思い出されて、ロイはカアアッと顔を染めた。 「この私が男にキスされるなんて……ッ」 自分でも男としては綺麗な顔立ちなのは判っている。男に迫られたのも決して一度や二度ではなく、むしろ日常茶飯時とさえなっていて、それでもロイはその悉くをやんわりと、或いは実力をもって退けていた。それなのに。 『ちょっと、手ぇ貸して』 そう言って近づいてきた男の瞳。その綺麗な空色に目を奪われた瞬間口づけられていた。そのまま逃げる事もままならずいいようにキスされたと思うと、ロイは悔しいやら恥ずかしいやらで机の上の書類を掴むとクシャクシャに丸めた。 「くそう……ッ、ハボックとか言ったな、あの男」 後から追ってきた男達が確かそう呼んでいた。なにやらトラブルになっていた男達。手に手にナイフやトンファーといった武器を持ったやくざ者を前に、ハボックはまるで動じる様子を見せなかった。それどころか、手を貸そうとしたロイを押し退け不適に笑って言ったのだ。 『こいつらはオレに喧嘩を売ってきた。オレの獲物だ』 そう言った時のハボックの瞳は硬質のガラスのようだった。キスしてきた時の綺麗な空色とは別種の美しさをたたえた瞳を思い出せばロイの体がゾクリと震える。その上、その後のハボックはまた圧巻だった。大人数を前に怯むどころか笑みさえ浮かべて、あっと言う間に二人を伸した。まるで蒼い焔が閃くようなその動きは一切の無駄がなく、美しいと言えるほどだった。たとえチンピラ相手とはいえその身体能力が素晴らしいものであることは明らかで、おそらく普段ロイが接している軍人と比較しても引けを取らないどころかその上をいくかもしれなかった。 「一体何なんだ、お前は」 ロイは目の前に浮かぶハボックの幻にそう問いかける。そうすれば、ハボックはロイの問いに答える代わりににっこりと笑うとスッと顔を寄せてきた。 『やっぱアンタ、男にしとくの勿体ねぇ』 「ッッ!!」 そう囁いたハボックの幻に唇を舐められて、ロイは飛び上がる。 『じゃあね、さよなら』 何事もなかったかのようにそう言い捨てて去っていった男の背を思い出せば、ロイは悔しさにぶるぶると震える拳を握り締めた。 「くそッ、絶対見つけてやるッ!見つけだして、そして────」 そして、どうしたいのか。正直なところロイ自身よく判らない。ただ、ロイの中にあのキスと一緒に鮮やかな蒼い焔が焼き付いてしまってゆらゆらと揺らめいている。その焔が一体なにを自分にもたらそうとしているのか、知りたいと思うと同時に知りたくないとも思うのだ。 「くそ……」 だが、そんな風に思うことがあの男に負けているようにも感じて、ロイはムカムカとしながら書類に手を伸ばす。触れたそれがクシャクシャに丸まっていることに気づいて、ロイはギョッとして丸まった書類を机に広げると一生懸命に伸ばした。だが、思い切り丸めた書類は必死に手のひらで伸ばしたところでどうにもならないほど皺が寄っている。しかもこの書類はホークアイが重要なものだからしっかり内容に目を通してサインして欲しいと念押ししていったものだ。これを見た時のホークアイを想像すれば、先ほどの冷たい視線も優しいものと思えた。 「くそうッ、なにもかもアイツのせいだッ!!」 捕まえて一発殴ってやらなければ気が済まない。ハボックにしてみればそんなの八つ当たりだと言うに違いなかったがそんなことは今のロイには関係なく、口汚く罵りながらしわくちゃの書類を伸ばすという無駄な努力を続けたのだった。 |
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