FLARE BLUE  第二十九話


 ギーッと軋んだ音と共に扉がゆっくりと開いていく。扉が半分ほど開いて人が通るに十分な隙間が出来ると、ロイはもういいと言うように手を挙げた。
「どこっスか?」
 先に立って中に入っていくロイについて行きながらハボックが尋ねる。
「向こうだ」
 と短く答えて、ロイは奥へと進んでいった。
 倉庫の中は灯りをつけていなかったが窓から差し込む光で十分に明るい。光の帯に宙に舞う埃が輝く中、進んだロイがピタリと足を止めた。
「ここっスか?」
「ああ」
 ハボックは足を止めたロイを追い越して更に進む。窓から差し込む光に照らされた床を見つめて言った。
「気味わりぃ……」
 ハボックは眉を顰めて呟く。薄汚れた床には何やら細かな文字と紋様で精緻な陣が描かれており、その中心はどす黒い血で広範囲にわたり汚れていた。
「死体、凄かったんじゃねぇっスか?」
「どうしてそう思う?」
「血の量が尋常じゃないっスよ。吸い取った後でこれっしょ?」
 陣を詳しく調べるために床に流れた血を布で丁寧に吸い取った。拭いて陣を消してしまうわけにはいかなかったから拭くのに限度があったとは言え、拭いた後がこれなら発見当初は大量の血が床を汚していたに違いない。
「どうやったらこんな風に出来るんだろうと思ったよ。腕も足も胴体すらねじ曲がって、とても人の仕業とは思えなかった」
 そんな死体が見つかったならとても陣を残しておく気にはなれなかったろう。ハボックはかき消された陣の一部を靴の裏でゴシゴシとこすった。
「それで?このおっかない陣を描くわけ?」
「ああ」
「物好きっスねぇ」
「お前がさっさと情報を掴んでこないからだろう?」
 呆れたように言えばそう返されて、ハボックは情けなく眉を下げる。ロイはそんなハボックを後目に懐から陣を写した紙を取り出した。
「どこに描くんスか?」
「こっちだ。こんなデカいのじゃなく小さいのを描く」
 ロイは紙を手に場所を移動する。ろう石を取り出し、紙に描かれた陣を正確に模写していった。
「上手いもんっスね。オレだったらこんな正確に円なんて描けないっスよ。流石焔の錬金術師」
「これくらいの大きさなら数を描けば簡単に描けるようになる」
 感心したようなため息混じりに言うハボックに淀みなく手を動かしながらロイが答える。最初はポツポツと交わしていた会話も陣が出来上がっていくにつれ途切れがちになり、その後は暫くの間ロイが床にろう石で陣を描く固い音だけが倉庫の中に響いた。時折描いた陣と紙に描かれた陣を見比べる為に手を止める以外、ロイは休むことなくろう石を動かし続ける。煙草を吸いながらその様子を見ていたハボックは、やがてロイが手を止めて立ち上がるのを見て尋ねた。
「完成っスか?」
「いや」
 答えて立ち上がったロイの足下、陣の一部が切れている。
「ああ、あっちと同じっスね」
「一応念のためにな」
 兎にも角にも何のために描かれた陣なのか判らないのだ。避けられる危険は避けるべきと言ってロイは描き上げた陣をじっと見つめる。思考の淵に沈んだロイの黒曜石が紗がかかったように霞を帯びた。その思考を妨げぬようハボックは黙ったまま煙草を吸っては煙を吐き出す。そうやって陣を前に佇んでいれば、不意にロイがポツリと言った。
「変だな」
「え?」
「この陣、未完成なんじゃないか?」
 突然そんなことを言い出すロイにハボックが苦笑する。
「未完成って、アンタ、自分で完成させてないって言ったじゃないっスか」
 何の目的で描かれたか判らない陣。完成させるのは危険だと言ってわざと描ききらなかったのはロイだ。自分でやっておきながらそんなことを言うなんて、と呆れたように笑うハボックにロイが首を振った。
「違う、そうじゃない。この陣、たとえ円を描ききったとしても完成しないんだ」
「へ?それどういう意味っスか?」
 キョトンとするハボックにロイが言う。
「描いている最中から変だと思ってたんだ。ここ」
 そう言ってロイは陣の一部を指さした。
「他の場所に比べてスペースが空いてる」
「言われてみれば確かにそうっスね」
 ロイが言うとおり、その一部分だけ他の箇所に比べて明らかに書き込んである文字の量が少ない。
「でも、この陣、発動したんでしょ?」
「そのはずだ。実際発動したところを見た訳じゃないが、この陣で発動した何かのせいでコンラッドは死んだんだろうからな」
 ロイはそう言って腕を組んで考え込む。
「不完全なまま発動させたということか?────何故?」
「この部分だけ描き方を知らなかったとか」
「そんな馬鹿な話が────いや、ないとは言えないかもしれない」
 ハボックの言葉を否定しようとして、だがロイはそんなこともあるかもしれないと考え直した。
「だったらここには何が描かれる筈だったんだろう」
 それが判れば何か判るかもしれないのに、とロイが思った時。
「あっ」
 いきなり大声を上げたハボックをロイは驚いて見る。なんだ?と視線で問いかけるロイにハボックが口を開こうとした、まさにその時。
「うわッ?!」
 二人に向かってゴオと焔が吹き荒れた。



→ 第三十話
第二十八話 ←