FLARE BLUE  第二十八章


「何か重いものでも降ってきたのか?」
 たっぷり三十秒は車を無言で見つめていたロイが徐に尋ねる。その質問の意味が判らずキョトンとするハボックにロイは言った。
「こんなに車高の低い車、見たことないぞ」
 ロイの目の前に止まっている車の車高は精々一メートル強と言ったところだろう。己の身長より相当低い屋根を見下ろして、ロイは眉を顰めた。
「上からなにかに押し潰されたのでなければ、一体なんの設計ミスだ?有り得んだろう、これは」
 軍用車にしろ民間の車にしろ、こんなに車高の低い車にお目にかかった事はない。
「こんな車、乗ったら押し潰されそうだ」
 ほんの一分ほどの間に糞味噌に車の悪口を並べ立てるロイに、ハボックがムゥと唇を突き出した。
「なんて酷いこと言うんスか。オレのエリーゼちゃんをそれ以上悪く言ったら乗せてあげないっスよ」
「エリーゼちゃん?」
 唐突に出てきた女性の名前にロイはハボックを見る。そうすればハボックは車を指さして言った。
「エリーゼちゃん」
「────ええッ?!お、お前ッ、車に名前をつけてるのかッ?!気持ち悪い男だなッ!」
「はあッ?何気に失礼っスね、アンタ!」
 ギョッとして身を引くようにして言うロイにハボックも声を張り上げる。ポンと車の屋根を叩いて言った。
「“エリーゼ”って名前は車の製造元がつけた名前なの!このシリーズの車、全部“エリーゼ”って名前なんですってば!」
 オレがつけたんじゃねぇ、と垂れた目を吊り上げる男をロイは疑わしげに見上げる。
「本当ですってば!なんでもこの自動車メーカーの創業者の孫娘の名前からとったらしいっスよ」
 ホントに本当だから、と言うハボックをロイはじっと見つめたが、やがて肩を竦めて言った。
「まあいい。歩いていくより早くて楽なら、どんな車だろうとどんな名前を付けてようと文句は言わん」
「うわ、そう言います?つか、もう散々文句言ったくせに」
「私が言ったのは感想だ」
「ああ言えばこう言うんだから」
 可愛くねぇと顔を顰めながらもハボックは運転席へと回る。
「で?乗るんスか?」
「乗せないつもりか?」
「────どうぞ」
 ハボックがため息混じりに言って車に乗り込むのを見て、ロイは助手席のドアを開けて乗り込んだ。普通に座っても頭はぶつからないが、何となく尻を前にずらして乗りたくなる。ふと横を見れば背の高さに見合うだけの座高と足の長さがある男は、自分よりもっと窮屈そうだった。
「お前の体格にあってないんじゃないか?」
「慣れればどうってことないっスよ。それにこの車、色々便利なんス」
「便利?」
 そう言うハボックにロイは不思議そうに首を傾げる。そんなロイにハボックは笑った。
「まあ、そのうち判る時も来るっスよ」
 ハボックの言葉に今は説明する気がない事を察して、ロイはそれ以上追求はせずにおく。黙って前を見るロイの横顔に笑みを浮かべて、ハボックは言った。
「じゃあ行くっスよ」
 その言葉に続いて、ハボックはアクセルを踏み込んだ。


「速いな。それに思ったより乗り心地も悪くない」
 走り出して暫くすると前を見据えたままロイが言う。ロイの横顔をチラリと見て、ハボックが言った。
「いい車っしょ?加速性能もいいんスよ」
「そのようだな」
 ハボックの運転が上手い事もあるだろうが、乗り心地は存外に快適だ。意外と軍用車に使うのもいいかもしれない等と思いながら車の振動に身を任せていれば、倉庫街へはあっと言う間だった。
「車で来てよかったっしょ?」
「……まあな」
 ニヤニヤと笑って言うハボックに、ロイはムスッとしながらも頷く。車を降りて倉庫の間を歩きながらハボックがロイに尋ねた。
「その陣ってのがここの倉庫ん中に描かれてたんスか?」
「ああ」
「まだそのまま残ってんスか?」
 そう聞かれてロイはちょっと考えてから首を振った。
「残っていないことはないがそのままと言うのとは違うな」
 ロイはそう言いつつ倉庫街の一番奥へと入っていく。
「そもそも発見された時点で血に汚れていたし、写真と模写を取った後陣の一部を消したんだ」
 何のために描かれた陣なのか、その時も今も判ってはいない。だが、その目的がなんであれその上で死体が発見された事を考えればとても真っ当な目的とは思えず、そうであれば陣をそのままにしておくことは到底出来なかった。
「陣として形を成したままにしておいて、何か起こってからでは遅いからな」
「そうっスね」
 錬金術師らしい判断の仕方だと思いながらハボックは頷く。目的の倉庫の前に来ると、ロイは一度足を止めた。
「ここだ」
「コンラッドはここで殺されてたんスよね?」
「そうだ────怖じ気たか?」
「冗談っしょ」
 揶揄するように言えば顔を顰めるハボックにロイはクスリと笑う。だが、すぐその笑みを引っ込めると、ロイは倉庫の扉に手をかけた。
「ッ……ッと」
 あまり開け閉めを行っていない扉は堅くなっていて、その重さも相まってなかなか開かない。力を込めて踏ん張るロイの肩をハボックはポンポンと叩いて手振りでどけと合図した。
「よ……ッ」
 ハボックはロイに代わって取っ手に手をかけ力を込める。そうすれば一瞬の抵抗を見せた後扉がゆっくりと開いていった。



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