| FLARE BLUE 第二十四章 |
| 「それにしても……、ああ、やっぱ痕残っちまってる」 「ッ?!」 不意に伸びてきた手に顎を掬われて、ロイはギョッとしてハボックの手を振り払う。ベッドの上、身を仰け反るようにして距離をとりながら見開いた瞳で見つめれば、ハボックはクスリと笑って言った。 「首。絞められたっしょ?腕だから手で絞められるよりは判りにくいっスけど、紅く痕になってるっス」 「なにっ」 そう言われてロイは指先で首に触れる。ハボックが差し出してきた手鏡を受け取って映し出せば、白い首筋に紅くくっきりと筋が浮かんでいた。 「くそっ」 いかにも“やられました”的なその痕に、ロイは悔しそうに呻く。指先でこすれば余計に赤味が増して、ロイは眉を顰めた。 「ああ、そんなんしたら駄目ですって」 ハボックはそう言って首筋をこするロイの手首を掴んでやめさせる。ムッと睨んでくる黒曜石に苦笑して、ハボックは言った。 「薬塗ったげますから。そんなこすんないの、子供じゃあるまいし」 そう言われて益々睨んでくるのを意に介さず、ハボックは立ち上がって棚の抽斗から軟膏のチューブを取り出す。ベッドの側に戻ってくると、指先に軟膏を押し出してロイに身を寄せた。 「顔、少し上げて」 言われてロイは顎を上げる。そうすれば軟膏をつけたハボックの指が首筋に触れて、ロイはピクリと震えた。 「じっとしてて」 そう言うなりハボックの指がロイの首筋を撫でるようにして軟膏を塗る。擽ったいようなその感触をロイがギュッと目を閉じて我慢していれば、微かに笑う気配がしてチュッと唇が重なった。 「ッッ!!」 「おっと」 ギョッとして反射的にグーパンチを突き出せば、ハボックはなんでもないようにパンチを受け止めてニッと笑った。 「この軟膏あげるっスから毎日塗って下さい。それとも塗りに通います?塗って上げてもいいっスよ」 「自分で塗るッ」 キッと目を吊り上げて言うと、ロイはハボックの手からチューブを奪い取る。ベッドから足を下ろそうとしたロイは、ボトムをつけていないことに気づいてギョッとしてブランケットを引き寄せた。 「な……ッ、なんでッ」 「ああ、皺になるといけないから脱がせたんだった」 顔を赤らめて睨んでくる黒曜石に、ハボックはなんでもない事のように言ってベッドの足下に畳んで乗せてあったボトムを取る。「はい」と差し出されたボトムを乱暴に受け取って、ロイはブランケットの陰でボトムを身につけた。 「帰る」 「途中まで送っていくっスよ」 「別に一人で平気だ」 「まあ、そう言わず。大体アンタ、ここがどこか判ってるんスか?」 「ッ!」 確かにここからどうやって己の家に帰るのか判らない。不機嫌そうに黙り込むロイにハボックは笑みを浮かべた。 「じゃあ行きましょうか」 言って差し出された上着を受け取り袖を通す。ハボックの後から寝室を出たロイは、部屋の中をぐるりと見回した。 「一人で住んでいるのか?」 「そうっスよ」 寝室の他はリビング兼ダイニングで使っているらしい広い部屋とキッチン、浴室があるだけのようだ。本やら新聞やら、なにに使うのかよく判らない道具やらが雑然と積まれた部屋からは家主である男の気配しかしなかった。 短い廊下を抜けて玄関から外へ出る。部屋はカーテンがかかっていて判らなかったが、ハボックの部屋はアパートの三階の一番端っこだった。 「階段の電球、切れてんスよ。暗いから気をつけて」 ハボックはそう言って錆の浮いた鉄製の階段をガンガンと鳴らして降りていく。夜だというのに喧しく響き渡る音にロイは眉を顰めた。 「近所迷惑な音だな」 「でも、防犯にはなるっスよ。どんなに足音を忍ばせようとしても無理っスから」 「なるほど」 ハボックの言葉にロイは物は考えようだと感心して頷く。同じような古びたアパートがひしめき合って立つ狭い通りをロイは前を行くハボックの後について歩いていった。 (一体どういう男なんだろう) ポケットに手を突っ込んで長身の背中を丸めて歩く男の背を見つめて、ロイはふと思う。金を払えば何でもこなす便利屋だと言うことしかロイは知らない。考えてみれば出会って間もないよく素性も判らない男を雇うなど──それもキスで、だ──普段の自分なら考えられない事だった。 「おい」 足を止めて、ロイは前を行く男に声をかける。そうすれば、ハボックが振り向かずに足を止めた。 「なんスか?」 ハボックは建物の間から見える月を仰ぎ見るように空を見上げながら答える。昼間は蜂蜜色に輝く金髪が、降り注ぐ月の光に銀色に輝いて見えた。 呼びかけておいて、ロイはなにも言わずにハボックを見つめる。すると、月を見上げていたハボックがゆっくりと振り向いてロイを見た。 「なんスか?」 もう一度そう言ってロイを見つめる空色の瞳が、月光を弾いてキラリと光る。その輝きがまるで蒼い焔の煌めきに見えて、ロイは目を瞠った。 「フレア・ブルー……」 無意識に唇から零れた言葉に、ロイ自身ハッとする。そんなロイを面白がるように見つめていたハボックの瞳が細められるのを見て、ロイは言った。 「お前、何者なんだ?」 「オレ?オレはオレっスよ」 ロイの問いにハボックはそう答える。それでは判らないと尚も尋ねようとすれば、ハボックがタンと足を踏み出した。 「ほら、ここまで来ればアンタも判るっしょ?」 「ッ?!」 その声にハッとして辺りを見回したロイは驚きに目を見開く。ついさっきまで何処だかはっきりと判らないアパートが建ち並ぶ狭い通りにいたと思ったのに、今ロイが立っているのは大勢の酔客が通るイーストシティのメインストリートだった。 「いつの間に……」 呆然と呟けばクスリと笑う声が聞こえる。 「じゃあまた今度」 聞こえた声に慌てて辺りを見回したが、ハボックの姿はどこにもなかった。 |
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