FLARE BLUE  第二十三章


「アンタが大男に首絞められてたんで、とりあえずあの杖男をぶっ飛ばしてアンタを助けに行ったんスよ」
 椅子に座ったハボックは煙草に火を点けながら言う。
「そしたら大男がアンタを離して向かってきたんでソイツもぶっ飛ばした、と」
「それから?」
 プカリと煙を吐き出す男にロイは身を乗り出すようにして尋ねた。
「それから何があった?」
「なにが、って……アンタ抱えて逃げたっスよ」
 そう答えるハボックをロイは無言のまま見つめる。じっと見つめてくる黒曜石に、ハボックは笑みを浮かべて答えた。
「当然っしょ?元から多勢に無勢だって言うのにのびちまったアンタ抱えてどうやって────」
「嘘をつくな」
 両手の掌をあげてお手上げだというポーズを取るハボックに、ロイがピシャリと言う。目を丸くするハボックにロイは言った。
「お前のような男があの場面で何もせず逃げる筈がない。奴らをおびき出す為のエサを蒔いたのなら尚更だ」
 ロイは言ってハボックを睨む。
「私は依頼者だぞ。包み隠さず全部話せ」
 そう言うロイの黒曜石が湛える強い光にハボックは僅かに目を見開く。咥えていた煙草を手にして、ハボックはクスクスと笑った。
「面白いっスねぇ、アンタ」
 そう言ってハボックはロイをじっと見つめる。面白がっているような空色をロイは無言のまま睨み返した。
「可愛い顔してポヤンとしてんのかと思えば結構鋭いし、負けん気強くてあんな肩章つけてんのに無鉄砲で。あのおっかない部下のお姉ちゃんにしょっちゅう怒られてんじゃねぇんスか?」
「別に私は中尉に怒られてなど────って、話を逸らすなッ」
 ちょっとばかり痛いところを突かれたロイは、言い訳を言いかけてハッとして話を引き戻す。
「私のことはどうでもいい。さっさとあったことを話せ」
「のびてたくせに強気っスねぇ」
「貴様」
 いつまでもからかうような態度を変えない男に、ロイは発火布を填めた手を突き出した。
「燃やされる前に言え」
「そんな怖い顔したら美人が台無し────、……話します」
 前髪を焦がされて漸くそう言うハボックに、ロイはフンと鼻を鳴らす。ハボックは短くなった煙草を灰皿に押しつけ新しいものに火を点け直して話し始めた。
「多勢に無勢ってのは本当っスからね。とりあえずは逃げたんスよ、アンタ、のびてたし」
「ッ」
 そんな風に言われればロイの頬に血が上る。それでも変わらず睨んでくる黒曜石に、ハボックは笑みを浮かべて言った。
「逃げるフリして戻って様子を伺ってたんスよ。オレ達に逃げられたと思った奴らはちょっとばかしモメ始めた。そもそもあんな目立つ形で死体を残すからいけないんだとか、あれは二度と裏切り者を出さないための見せしめなんだとかね」
「じゃあ、あの死体の男は元は奴らの仲間だったってことか?」
 そう言うロイにハボックは頷く。
「どうしてあの男が仲間を裏切ったのかは判らなかったっスけど、どうやらあの依頼品、奴らのところから誰かが持ち出したものみたいっスね。それを奴らより先にあの死体の男、コンラッドが見つけだして手に入れようとした。でも、あまり大っぴらに動くと自分の居場所が奴らにバレちまう。そんな訳で丁度その時耳にした便利屋のオレに依頼してきたってワケ」
 ハボックの説明にロイは考え込むように手を口元に当てる。眉間に皺を寄せて考えを巡らせるロイを暫し見つめたハボックが「ああ、そうだった」とズボンのポケットを探った。
「これ。杖男をぶん殴った時に貰っといたっス」
 ハボックはそう言いながらポケットから取り出したものを差し出す。掌を出せばその上に落とされた物をロイはしげしげと見た。
「バッジ?」
「他の奴らもどこかしらに同じ物をつけてた。所属する教団とか、仲間の印じゃねぇんスか?調べりゃ何か判ると思うっスよ」
 ハボックの言葉を聞きながらロイは掌の上のバッジを見つめる。バッジを留めるための針が僅かに歪んで糸くずが突いていることに気づいて眉を顰めた。
「貰っといたって、毟り取ったんじゃないか」
 力任せに引っ張った痕跡の残るバッジにロイが言えば、ハボックがニヤニヤと笑う。
「……まあいい」
 ロイはため息混じりに言ってバッジを懐にしまった。
「とにかく他に何か判ったらすぐに連絡を寄越せ」
「アンタも有益な情報を手に入れたらオレに教えて下さいね」
 言った言葉に即座に返されてロイはムッとハボックを睨む。
「だって、情報がなきゃ動くべき時に動けないっしょ?オレを有効に使いたいんなら隠し事はしない方がいいっス。折角キスまでしてオレを雇ったんだし」
 そう言うハボックにロイは忌々しげに舌打ちしたが、ふと思い出して言った。
「そうだ、フレア・ブルーというのはなんだ?」
「へ?フレア・ブルー?」
 唐突に聞かれてハボックはキョトンとして聞き返す。ロイは記憶を引き出そうとするように考えながら言った。
「そうだ。奴らが言ったんだ。“フレア・ブルー?そんなバカな”ってな」
 意識を失う寸前、確かに襲撃者の中の誰かが言っていたのを聞いた。そう言うロイにハボックは首を傾げる。
「聞き違いじゃないんスか?オレはそんな言葉、聞かなかったっスよ」
「そんな筈はない。確かにフレア・ブルーと言っていた」
「でもアンタ、首絞められて気ぃ失いかけてたんでしょ?」
「それはそうだが……」
 確かに気を失う寸前で意識が朦朧とはしていたが、それでも確かに聞いたのだ、“フレア・ブルー”と。
「オレはアンタと違ってしゃんとしてたっスけど、そんな言葉聞いてないっス。もしかして気を失ってる間に見た夢と現実がごっちゃになってるんじゃねぇ?」
「そんなことは……ッ」
「別にやられそうになって気を失ったなんて、誰にも言わないっスよ。だから気にしなくっていいっス」
 なにも自分でつかめない内にのびてしまった事は気にしなくていいからありもしないことを言わなくていいと言われて、ロイはムゥと口を噤む。
(嘘じゃない。確かに聞こえた、“フレア・ブルー”と……)
 それがなにを意味する言葉なのか今のロイには判らない。だが、それをなしにしてしまう事は出来ない、どこか心に引っかかる言葉だと思いながら、ロイはうっすらと笑みを浮かべて煙草をふかす男を見つめた。


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