FLARE BLUE  第二十一章


「んーっ、……もう朝か」
 ベッドの中で思い切り伸びをしてハボックは呟く。体を起こして緩く首を振るとベッドから足をおろして立ち上がった。大欠伸をしながら寝室を出て浴室へと向かう。熱いシャワーを浴びて眠気を洗い流すと、濡れた髪を拭きながらキッチンへ入り冷蔵庫の中から牛乳のパックを取り出した。
「ふぅ」
 パックのまま牛乳を飲んで更に冷蔵庫の中を漁る。碌なものが入っていないのを見て、眉間に皺を寄せた。
「なんもねぇ……なんか買いに行くか」
 朝から面倒ではあるが腹が空いているのも事実だ。ハボックは牛乳のパックを冷蔵庫に戻すと上着を手に取り外へと出た。
「うう」
 途端に首筋を撫でる冷たい空気に慌てて上着を羽織る。両手をポケットに突っ込み長身を丸めたハボックは、近くのパン屋でホットドックにサンドイッチとコーヒーを買うと歩きながら朝食を済ませた。
「さて、と……これからどうすっかな」
 そう呟けば不意に夕べのロイとのことが頭に浮かぶ。白い頬を紅く染めて見上げてくる潤んだ黒曜石を思い出して、ハボックはクスクスと笑った。
「軍人もあんなのばっかだといいのに」
 少なくとも目の保養になる、とロイが聞いたら頭から湯気を出して怒りそうな事を呟いてハボックは歩いていく。ポケットの中を探れば依頼人から頼まれて手に入れたブレスレットが指先に当たった。訳も判らず依頼人と連絡が取れなくなった時は面倒事に巻き込まれるのは御免と思ったが、改めて依頼されたとなれば話は別だ。
「とにかくもう少し話を聞かねぇと……今夜辺り来るだろうな」
 何をするにしても情報は大事だ。夕べ「ブレスレットを渡せ」と言うのをのらりくらりとかわして渡さなかったから、恐らく今夜もまた来るに違いない。
「それまでに、と……」
 夜まではまだ間がある。それまで何もしないで過ごすのも能がないと思えた。
「折角の依頼だし、楽しまないとな」
 そう言ったハボックの空色の瞳がキラリと光った。


「大佐」
 そろそろ定時という頃になって、ホークアイが執務室にやってくる。また追加の書類かとうんざりした顔をするロイにホークアイが言った。
「今日の分はそちらにあるだけで結構です。それより大佐には他に仕事がありますでしょう?」
 そう言われてロイは日中頭の中から閉め出していた事を思い出す。間近で笑う空色の瞳を思い出せば顔が熱くなるのを感じて、ロイは慌てて首を振った。
「大佐」
「なっ、なんだ?」
 その途端ホークアイに呼ばれて、ロイはドギマギしながら答える。じっと見つめてくる鳶色になんだか心の中を見透かされているようで、ロイはわざとらしく咳をした。
「今夜はちゃんと受け取ってきて下さると信じてますから」
「う」
 そう言ってにっこりと笑うホークアイは正直恐ろしい。
「協力者とはいえ一般人に大事な手がかりを預けておく訳には参りません」
「判ってるともっ」
 言葉にはしないが「ちゃんと判っているんだろうな」という無言のプレッシャーを感じてロイは言う。ロイは残っていた書類に慌ただしくサインを認めると急いで机の上を片づけてガタガタと立ち上がった。
「それじゃあ行ってくる」
「お気をつけて。ゆめゆめ丸め込まれたりなさいませんように」
「任せておきたまえ」
 笑みを浮かべるホークアイにひきつった笑みで返して、ロイはハボックに会うため司令室を後にした。


 とは言ったものの。
「どうしてもアイツに会うとペースを乱されてしまう……」
 “K”への道すがらロイは呟く。これまでどんな場面でもペースを握ってきたのは自分だった。だが、相手がハボックだと気がつけば向こうのペースに巻き込まれてしまっている。
「いや、今日こそは私が主導権を握ってやるんだ。大体依頼者はこっちなのだからなっ」
 ロイがそう言って拳を握り締めた時。
「何を握るんですって?」
「うわッ」
 背後からヒョイと覗き込むようにして尋ねられて、ロイは文字通り飛び上がる。思った以上の反応に目を丸くするハボックを振り向いて、ロイは喚いた。
「おっ、驚かすなッッ!!びっくりしたじゃないかッ!!」
「別に驚かすようなことしてねぇっスよ。声をかけただけじゃないっスか」
 心外な、と眉を寄せるハボックにロイは決まり悪そうに目を逸らせる。そんなロイの僅かに染まった目元を見つめて、ハボックは言った。
「まあ、いいや。会いに来てくれて嬉しいっスよ、俺も話したい事があったし」
「何か判ったのかっ?」
 話があると聞いて思わず勢い込んで尋ねてしまう。クスリと笑われてロイは、誤魔化すように咳払いした。
「ここで立ち話もなんだし、店に行きましょうか」
「ああ」
 ハボックに促されて歩きだしたロイは、丁度通りがかった角を曲がって薄暗い路地に入っていくハボックを慌てて追いかけた。
「道が違うんじゃないか?」
「こっちの方が近道なんスよ。でも、アンタ一人の時は通っちゃダメっスよ?」
「どういう意味だ?それは」
 何となく小馬鹿にされたように感じてロイはムッと眉を寄せて言う。そうすればゆっくりと足を止めたハボックが答えた。
「そりゃあね、アンタみたいな美人が薄暗い路地を一人で歩いてたら悪い奴らに襲われちゃうっしょ?────こんな風に」
「え?」
 ハボックが低く囁くように言うのと同時に、薄暗がりから数人の男がゆらりと姿を現した。


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