FLARE BLUE  第二十章


「とりあえず何とかなったな……」
 ロイは玄関を開けて中へ入ると閉じた扉に寄りかかってそう呟く。やれやれと一つため息をついたロイは軽く頭を振って奥へと入った。部屋の灯りをつけ上着をソファーに放り投げる。家に戻れば服や髪から煙草や酒の匂いが強く感じられて、ロイは顔を顰めて足早に浴室に向かった。湯を溜めるかどうするか少し考えて、シャワーだけ浴びることにする。服を脱ぎ捨て奥に入ると湯温を調節したシャワーを頭から浴びた。
「ふぅ……」
 温かい湯に自然とため息が零れる。暫く湯に打たれてからロイはボディソープに手を伸ばした。スポンジを泡立て体を洗っていく。髪を洗い泡を流すと、湯温を上げてもう一度湯に打たれた。シャワーを止め濡れた髪をかき上げ外に出る。ホカホカと湯気の立つ体をタオルで拭き部屋着を身につけ浴室から出た。
 キッチンで冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し、それを手にリビングへと行く。歩きながらボトルを呷って半分ほどを一気に飲み干し、ドサリとソファーに腰を下ろした。
「はぁ……」
 目を閉じればさっきまでいたバーの騒めきが耳に蘇る。その騒めきの中ではっきりと聞こえたハボックの低い笑い声と熱いキスを思い出して、ロイは無意識に指先で唇に触れた。
「ッ」
 触れた指の感触にハッとして目を開ける。そうすれば目に飛び込んできた見慣れたリビングの景色に現実に引き戻されて、ロイは誰も見ていない家のリビングで顔を赤らめた。
「……くそ」
 小さく呟いてロイはソファーの背に頭を預ける。とりあえずハボックの協力をとりつけたと喜ぶよりなにより、ハボックとのキスが頭に貼り付いて離れなかった。
「取引だろう、何をこんなにドキドキして……っ」
 ふるふると首を振ってハボックの幻を頭から追い出す。両手でパンパンと頬を叩いて、ロイは一つ大きく息を吐いた。
「とにかく無事協力をとりつけたんだ。後は出すものはさっさと出させて、調べる事は調べさせてソッコー解決だッ!」
 自分に言い聞かせるようにロイは言うと勢いよく立ち上がる。その途端面白がるように笑うハボックの声が聞こえて、ロイはソファーの上の上着を掴むと思い切りソファーに叩きつけた。そうすれば上着に染み着いた煙草の匂いが鼻を突いて、余計に心臓が飛び跳ねる。
「くそーッ!覚えてろっ、こき使ってやるッッ!!」
 腹立ち紛れにそう怒鳴ってリビングを飛び出したロイは、階段を駆け上がり寝室に入るとベッドに飛び込みブランケットを頭から引っ被った。


「おはようございます、大佐」
 翌朝。司令室の扉を開ければ途端にホークアイの声が聞こえる。尋ねるような鳶色の視線を向けられて、ロイはニヤリと笑った。
「喜んで協力すると言ってる。まあ、私にかかればこんなもんだ。それはもうメロメロにしてやったぞ」
 得意げにそう言えばじっと見つめてくるホークアイに、なんだか恥ずかしくなってくる。ロイは誤魔化すように一つ咳払いすると、大部屋を横切り執務室の扉を開けた。ロイに続いてホークアイも執務室に入ってくると扉を閉める。椅子に腰を下ろすロイを見つめてホークアイが言った。
「それでは大佐。彼が被害者に頼まれて手に入れたと言う証拠品は受け取ってきたんですね?」
「えっ?いや、それはまだ……」
 そう言うロイにホークアイは僅かに眉を寄せる。それを見たロイは、ホークアイが口を開く前に言った。
「夕べはハボックの奴、すっかり舞い上がってしまってな。ピッチが早くてあっと言う間に潰れてしまったんだよ。おかげで証拠品を取り損ねてしまってな」
 いやあ、参った、ハッハッハッと笑う様がどこかわざとらしい。胡散臭そうに笑うロイを見つめていたホークアイだったが、一つため息をついて言った。
「仕方ありませんわね。それでは次はいつお会いになるんです?」
 漸く協力者を得たのだ。これで滞っていた捜査もサクサク進むことだろう。そう期待して尋ねるホークアイにロイは顔を引きつらせて答えた。
「ええと、今度私がで向こうに出向くことになってる。なに、心配するな。ちゃんと受け取ってくるから」
 一気にそう言って引きつった頬に笑みを張り付ける。その顔は見るものを安心させるどころか「大丈夫か?」と思わせずにはいられなかったが、ホークアイは長年のつきあいの上官を信じることにしてため息をついた。
「判りました。では、一刻も早く受け取ってきて下さい」
「わ、判った。今夜にでも行ってくる」
 コクコクと頷くロイをとりあえず信用して、ホークアイは捜査以外の今日の予定を告げると執務室を出ていく。副官の厳しい目がなくなって、ロイはやれやれと椅子に背を預けた。
「くそ……、これもさっさと証拠品を渡さんアイツが悪い」
 夕べ、何とか取引を成立させて早速協力の第一歩としてハボックが持っているものを出させようとしたが、ハボックはのらりくらりとロイの言葉を交わして出そうとはしなかった。
『まあ、そう慌てないで。協力するって言ったんスから、オレの方でも何か判らないか調べてみますんで』
 だからもう少し、ね?と間近から微笑まれればついつい頷いてしまった。
「これで何も掴んでなかったら赦さんぞ、アイツめ」
 ロイはそう呟くと、定時と同時に店に向かえるよう、書類の山を少しでも低くしようと手を伸ばした。


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