FLARE BLUE  第十八章


「いつでもどうぞ」
 ハボックはカウンターに乗せた片腕に体重を預けるようにしてロイを見る。笑みを浮かべる空色を見、それから店の中を見回してロイは言った。
「ちょっと待て。まさかここでしろと言うんじゃなかろうな?」
「へ?どうしてここじゃ拙いんスか?」
 ロイの言葉にハボックがキョトンとする。本気で判っていなさそうな男に、ロイはキッと目を吊り上げた。
「ふざけるなッ!こんな人が大勢いる店の中でキ────」
 大声で怒鳴りかければすぐ側のテーブルに座る客に視線を向けられて、ロイは慌てて口を噤む。ハボックに身を寄せ早口に囁いた。
「こんな人目のあるところで出来るわけがないだろうッ!」
「いいじゃないっスか、別に。ここでセックスしろって言ってる訳じゃねぇんだし」
「当たり前だッッ!!」
 思わず大声で怒鳴ってバンッとカウンターを叩いて立ち上がったロイは、ざわめいていた店内が一瞬静まり返った事に気付いてハッとする。低く音楽だけが流れる店内で仁王立ちの自分に注がれる視線に、ロイは顔を紅くしてストンとスツールに腰を下ろした。
「あーあ、注目集めちゃって」
「お前のせいだろうッ!」
 呆れたように言うハボックをロイは睨んで小声で怒鳴る。チラチラと辺りを見回して、ロイは言った。
「とにかくここじゃ駄目だ、場所を変えろ」
「どうしてっスか?」
「どうしてって……お前には羞恥心と言うものがないのかっ?」
 幾ら照明が暗くおとしてあるとは言え真っ暗ではないのだ。それなりに人の顔も見えるし、当然何をしているのかは判る。そんな中でキスなどしたら注目の的ではないか。
「別に見られたっていいっしょ。減るもんじゃなし。あ、もしかして、ヘタクソで見られるの恥ずかしいとか?」
「誰がヘタクソだッ!」
 どこかで言われたような言葉を再び聞いて、ロイは目を吊り上げる。そうすれば、ハボックがニッと笑って言った。
「だったらいいっしょ?それに、誰かに見て貰っておかないと“キスして貰ってない”とか言われちゃうかもしれなっスよ?」
「……貴様」
「だから!ほら、ここで」
 ね?と(はす)に視線を向けてくる空色にロイはドキリとする。思わず目を逸らして、それからチラリとハボックを見た。
「────ロイ」
「ッ」
 いつも煙草を咥えている色の薄い唇が己の名前を形作るのを見ればドキンと心臓が跳ね上がる。それでも今度は目を逸らすことが出来ずに見つめていれば、ハボックが手を伸ばしてきた。
「ほら」
 促すようにハボックが顔を近づけてくる。目の前に迫る空色を目を大きく見開いて見つめれば、ハボックがクスリと笑った。
「アンタ、目ぇ開けたまんまキスすんの?」
 そう言われてロイは慌てて目をギュッと閉じる。次の瞬間触れた唇の感触にビクッと震えたロイに、ハボックが囁いた。
「やめんならまだ間に合うっスよ?」
「────誰がやめるかッ」
 からかうように笑いを含んだ声に、ロイはカッとなって答えると手を伸ばしてハボックの髪に差し入れる。そのままグッと引き寄せて唇をあわせた。
「ん……ッ」
 深くあわせた唇の間から舌を差し入れる。煙草の苦みが残る口内を舌で探りハボックの舌に己のそれを絡めた。
「ん……んふ……」
 ぴちゃぴちゃと音を立てて舌を絡めていれば、近くから“おい、あれ”と囁きあう声が聞こえる。頬に視線を感じて顔を赤らめたものの、ロイは構わずキスを続けた。
「ふぁ……ぅん……」
 舌先でハボックの歯列をなぞり上顎を擽る。チュウと吸いつき角度を変えて何度も口づけた。その間に髪に差し入れた指に短い金髪を絡め、軽く引っ張る。首筋を指で辿り耳朶を引っかくように擽った。
「はぁ……んっ」
 長い口づけに飲みきれない唾液がロイの唇の端から零れる。白い喉を垂れる唾液が店内の照明を弾いて銀色に光った。ロイは両手でハボックの頭を抱え込むようにして深く唇をあわせる。息が出来ないほど深く唇を重ねて、空気を求めるようにハボックの唇を貪った。
 気がつけば店の中には低いジャズのメロディだけが流れ、人の声が聞こえなくなっている。時折ロイが甘く鼻を鳴らす音とぴちゃぴちゃと舌を絡ませる水音だけが薄暗い店内に響いていた。長いキスにいつしかロイはボウッとしてくる。最初は自分からハボックを引き寄せてキスしていた筈が、いつの間にかハボックの逞しい腕に抱き込まれて、されるままハボックのキスを受け止めていた。
「ん……ん……」
 ハボックの大きな手がロイの黒髪を優しく撫で、そのまま背へと滑っていく。背をさする手の動きはまるで愛撫のようで、ロイはビクビクと体を震わせた。ロイの体を抱え込むハボックの腕が細い体をグイと引き寄せその膝の上に乗せる。ロイはハボックの膝の上に横抱きに抱き抱えられて男のキスを受け止めた。
「ふ……ぅ、んっ……んふ、ぅ……」
 ハボックのキスは巧みでロイはついていくのに精一杯だ。抱き締めてくる男のシャツをギュッと掴んでロイは必死に舌を差し出した。そうすればその舌を甘く噛まれて、ロイは背筋を走る痺れにゾクリと身を震わせる。もう今となってはロイは、ただハボックのキスを震えながら受け止め、その甘い痺れに身を委ねていた。


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