FLARE BLUE  第十章


「うーん……」
 ロイは目の前に置かれた紙を睨みつけて唸る。コンコンと聞こえたノックに紙から目を上げずに答えれば、ブレダが中に入ってきた。
「大佐、眉間に皺寄ってますぜ」
 紙を睨みつけるロイの眉間に深い皺が刻まれているのを見てブレダが苦笑する。ロイがさっきから睨んでいるのは、倉庫の奥に描かれた陣を模写したものだった。
「ちゃんと正確に写してきたと思いますけど。見辛いですけど写真もありますでしょ?」
「ああ、ちゃんと模写されてる。ご苦労だったな」
 普段こんな陣など描き慣れない者にとっては描き辛いことこの上なかっただろう。写真では薄暗い倉庫の汚い床に描かれて判り辛い紋様も模写ではきちんと描かれていて、これが何か判らないのは単にロイが膨大な記憶の中から拾い上げられないことが原因だった。
「少し時間をおいたらどうですか?」
 あまり考え込むより一度リセットした方が、ポッと思い出すのではないかとブレダが言う。確かにそれも一理あると、ロイは広げていた紙を畳んで机の抽斗にしまった。
「それで?そっちはどうなんだ?」
「それがちょっと時間がかかりそうですね」
 被害者の身元を洗うよう言われていたブレダが頭を掻きながら言う。
「なにせ遺体がぐちゃぐちゃなもんで、顔形とか歯形とかそういった方向からは全く判らないんですよ。持ち物ももってなかったのか、或いは犯人が持ち去ったのか現場にはなかったですし、後は血塗れの服をなんとかしてそこから地道に探そうかと」
「そうか」
 身元が判れば陣のことも何か判るかと思ったが、今のところは難しいらしい。ロイが一つため息をついた時、ノックの音が響いてフュリーが顔を出した。
「ブレダ少尉、小隊のペレス准尉から連絡が入ってます」
「おう」
 それに短く答えて、ブレダは大部屋の電話を取る。二言三言話して受話器を置くと、開けっ放しの執務室の扉の奥に向かって言った。
「大佐、現場の辺りを調べさせていた連中から遺留品らしきものを見つけたと連絡がありました。すぐこっちに持ってこさせます」
「遺留品?どっちのだろうな」
 被害者のものか犯人のものか。何れにせよ何かしらの手がかりにはなるだろう。ロイは抽斗の中から紙を引っ張り出すと描かれた陣をじっと見つめた。


「よう」
 ハボックは扉を押し開けると薄暗い店内に入る。顔馴染みのウェイターが声をかけてくるのに視線で答えて、ハボックはカウンターの一番奥のスツールに腰を下ろした。そうすれば何も言わずともバーテンが酒のグラスを置く。ハボックは笑みを浮かべてグラスを取ると、他の客の為にカクテルを作るバーテンに言った。
「なあ、この間の客からオレに連絡ない?」
「この間の?」
「うん、ほら、なんか訳ありそうな」
 ハボックがそう言って説明すればバーテンはすぐ「ああ」と頷く。
「何か問題でもあったの?金払いたがらないとか?」
 偶にそんな客がいるのだ。ハボックに仕事だけさせておいて金を払う段階になって出し渋るような。それもあってハボックは前金制で仕事を請けるようになったのだ。
「いや、一つ目の仕事の分は貰って依頼品も手に入れたんだけどさ、その後連絡がとれなくって。だからこっちに何か言ってきてないかなと思ったんだけど」
 依頼主にハボックの個人的な電話番号やら住所やらは教えない事にしている。連絡方法はハボックから依頼主にコンタクトを取るしかなく、もし依頼主が何かしらの理由でハボックと連絡を取ろうと思ったらこの“K”に来るしかないはずだった。
「なんだ、金払っておいて依頼品受け取らずにいなくなったのか?」
「まあ、受け取る気は端からなかったのかもしれないけど。これ、追加料金貰って別のところに届ける事になってたから」
 ハボックはそう言いながらポケットから取り出したブレスレットを手の中で弄ぶ。チャラチャラと乾いた音を立てるそれを嫌そうに見つめて言った。
「金のことはさておいて、こんなもん残されても困るんだよな」
 正直なところ真っ当な方法で手に入れたものではない。持ち出した家の主に「盗まれた」と訴えられでもしたら目も当てられない事になるのは間違いなかった。
「なぁ、預かっててくんない?」
「嫌だよ」
「保管料出すから」
「お断り」
 ニコッと笑って言えばすげなく断られて、ハボックはムゥと唇を突き出す。そんなハボックに苦笑してバーテンは言った。
「何か相手の身元が判るようなものはないの?」
「身元ぉ?そうだなぁ……」
 言われてハボックはこの店の奥で会った男の事を思い浮かべる。フードを深く被った男の顔ははっきりと思い出せず眉を顰めたハボックは、ふと封筒を差し出した男が変わったデザインの指輪を填めていたことを思い出した。
「そういやなんか変わったデザインの指輪してたな」
 だが、実際にどんなデザインだったか、描いて示せる訳でもなければ思い出したところであまり役に立たない気がする。
「くそーっ、なんだよ、人にもの頼むなら最後までちゃんとしろよなーっ」
 そう言ってカウンターに突っ伏すハボックに、バーテンはクスリと笑うともう一杯グラスを差し出した。


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