初回衝撃(first impact)  第九章


(くだんねぇ会議……、大体なんでオレ、こんなところにいるわけ?他にオレみたいの、いねぇじゃん)
 ロイのすぐ後ろの壁にもたれてハボックは会議室を見渡す。他にお供付きで会議に出席している参加者など一人もおらず、手持ち無沙汰のハボックは居並ぶ出席者をじろじろと眺めた。ハボックが視線を向けると何故だか皆決まり悪そうに視線を逸らしたり俯いたりする。それが面白くなくて眉を顰めて睨みつければ、そうされた相手は余計にうろうろと視線をさまよわせた。
「あの、マスタング大佐」
 流石に進行役の事務官が見かねてロイに声をかける。だが、ハボックがガンをつけているとは言えずに事務官がモゴモゴと言葉を濁すのを見て、とっくにハボックの態度に気づいていたロイはにっこりと笑って言った。
「なにか?」
 判っていながらロイは敢えてそう尋ねる。そうすればすっかり困りきった事務官は汗を拭きながら答えた。
「えっとその……少尉殿なんですが」
「ん?ハボックがどうかしたかな?」
 ロイはそう言いながら振り向く。ハボックの顔を見てわざとらしく顔を顰めて言った。
「ああ、こいつの態度か。まだきちんと躾ができていなくてね、ちょっと失礼してよく言い聞かせてくるよ。構わず会議を進めていてくれたまえ。ハボック、来い」
「あ、いえ、マスタング大佐。そこまでして頂かなくてもっ」
 ただハボックを会議室の外に出してくれればいいだけの話だ。だが、引き留めようとする事務官を後目に、ロイは立ち上がるとさっさと会議室を出てしまった。
「あー、肩が凝った」
 一瞬迷って、仕方なしにロイを追って出てきたハボックが扉を閉めた途端ロイが言う。グリグリと肩を回し首を回すロイを見て、ハボックが眉を顰めた。
「アンタ、オレを出しにして会議逃げたっスね?」
 きたねぇ、とハボックが言えばロイがニヤリと笑う。
「オレがあのおっかねぇ中尉に怒られるじゃないっスか」
「別に構わんだろう?どうせ怒られるのは慣れてるじゃないか」
「アンタね」
 確かに上官の不興を買うのはしょっちゅうだし気にもしていないが、それでもこの相手だけは怒らせたくないと思う人間もいないではないのだ。ホークアイは明らかにこの部類の人間で、ハボックは少しの間ロイのことを睨んだが、やがて肩を竦めて言った。
「まあいいや。逃がすなって言われたけど、一度会議室に入れちまえばいいって事だろうし」
 オレには関係ないやと、自分に都合のいい解釈をして煙草に火を点けるハボックをロイは面白そうに見つめる。ハボックはプカリと煙草の煙を吐き出してロイを見た。
「で?会議サボってアンタはどうするつもりなんスか?」
「そうだな、せっかくだし昼寝でもしてのんびりしてくるよ」
 普通就業時間中に口にしないであろう言葉を平然と吐き出すロイをハボックは無表情に見る。フンと鼻を鳴らして気のない様子で言った。
「まあ、別にどうでもいいっスけど、会議終わる時間には戻ってきて下さいよ」
「なんだ、つき合わないのか?」
 ホークアイに文句を言われるのはごめんだと言うハボックに意外そうにロイが言えば、ハボックが眉を寄せた。
「アンタの昼寝にまでつき合う義務はねぇっしょ」
「添い寝してくれるかと思ったのに」
 ニコニコと笑って言うロイをハボックが冷たい目で見る。ロイの言葉になにも答えずクルリと背を向け歩き出すハボックにロイは言った。
「そうだ、ハボック。この間のカレンの件、調べてみる気はないか?」
 そう言われてハボックは肩越しにロイを見る。
「冗談」
 無表情にそれだけ言ってハボックはロイをおいてさっさとどこかに行ってしまった。
「つれないなぁ」
 その背を見送ったロイも笑いながらそう言うと、どこかへと消えてしまった。


 ガチャリとハボックが司令室の扉を開ければホークアイの鳶色の瞳と目が合う。この司令室の人間は瞳に特徴があるなと思いながら自席に腰を下ろすハボックの動きを、目で追っていたホークアイが尋ねた。
「ハボック少尉、マスタング大佐はどこかしら」
 そう聞かれてハボックは弾かれたように顔を上げる。じっと見つめてくる鳶色が不機嫌な光を内包しているのを見て、ハボックは内心舌打ちした。
「まだ戻ってないんスか?」
「戻っていないどころか会議にも出ていないようだけど?」
「オレはちゃんと会議室に連れていったっスよ。逃げようとしたのも首根っこ掴んで会議室に押し込んだし、それ以上は」
 知ったこっちゃないと肩を竦めるハボックにホークアイの纏う空気がに二、三度下がる。それでも平然としているハボックの様子に、ホークアイは小さくため息をついて言った。
「まあ、いいわ。大佐を探してきて頂戴、大至急」
「アイ・マァム」
 ハボックはそう答えながら立ち上がると司令室を出ていく。
「問題児二人で問題を大きくしないでくれるといいけど」
 ロイ一人でも大変だったのに、やはり人選をロイに任せるべきではなかったと、ハボックの背を見送って大きなため息をつくしかないホークアイだった。


「あの野郎、会議が終わる時間には戻ってこいって言っておいたのに」
 とても上官に対するものとは思えない言葉を吐き出しながらハボックはドカドカと廊下を歩く。連れ戻してこいと言われて出てはきたが、ロイがどこにいるかなど全く見当もつかなかった。
「昼寝でもしてのんびりとか言ってたっけ」
 今日は天気も良く風も穏やかだが、今の季節、外はのんびり過ごすにはちょっとばかり寒すぎる。それならどこか使っていない会議室のソファーにでもいるのかと、近くの会議室へと足を向けかけたハボックは、丁度正面から射し込む陽射しに窓の外へと目を向けた。青く晴れ渡る空とそよとも(そよ)がぬ梢を見つめたハボックは、そのまま階段を下り手近の扉から中庭へと出る。立派な木々の間を通り抜け、その先のあまり手入れの行き届いていない灌木を押し分けて中へと入った。
「見ぃつけた」
 頭上から柔らかい陽射しが入り込み木々が風よけになる空間で、のんびりと昼寝を楽しむ上官を見つけてハボックが言う。その声にハッと目を開けたロイの黒曜石が見上げてくるのを見返して、ハボックがニヤリと笑った。
「中尉がカンカンっスけど?」
「……お前、中尉に怒られなかったのか?」
「オレは関係ねぇし」
 ロイが差し出す手を引っ張って立ち上がるのを手伝ってやりながらハボックが答える。パンパンとついた土を払うロイをそのままにさっさと行ってしまうハボックを、ロイは慌てて追いかけた。
「よくここが判ったな」
「近所の黒猫がね、冬場上手いこと日溜まり見つけてぬくぬく過ごしてるんスよ。だから」
「……私は猫か」
「豹も猫も猫科なのには変わらないっしょ」
 そんな可愛いもんじゃないと言ってのけるハボックに眉を下げたロイは、気を取り直して言い返す。
「そう言うお前は犬だな、鼻が利く」
「どうせ野良犬とでも言いたいんでしょ?構わねぇっスよ」
 肩越しにフンと笑ってハボックは言うと、足を止めたロイを置いて建物の中に入ってしまった。
「なるほど、野良犬を飼うのもいいかもしれんな」
 ほんの少し悔しげに歪めた唇でそう呟いたロイは、ホークアイが怒っているのだったと慌てて建物に向かって歩きだした。


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