初回衝撃(first impact)  第八章


「遅刻です、大佐」
 司令部に戻れば案の定氷の冷気を纏ってホークアイが待ち構えている。追い立てるようにロイを執務室に閉じこめると、ホークアイはハボックを見た。
「きちんと時間を守って貰わないと困るわ、少尉」
「ッ?!んな事言われても制限時間があるなんて知らねぇし」
「野放しで視察を許可するはずがないでしょう。それと、あの人は進んで余計な事に首を突っ込みたがるから、そう言う時は引きずってでも連れ帰って頂戴」
 ホークアイはそれだけ言うと執務室に入っていってしまう。パタンと閉じられた扉を睨みつけてハボックは不満げに唇を突き出した。
「そう言うことは最初に言っておけよ」
 ボソリとそう呟いて自席に腰を下ろしたハボックは隠しから煙草のパッケージを取り出す。中身が空な事に気づいて、ハボックはチッと舌打ちするとパッケージをゴミ箱に投げつけ乱暴な仕草で席を立った。そのまま司令室を出て廊下を歩いていく。ポケットに手を突っ込み剣呑な表情で歩く姿に、すれ違う軍人たちは目を逸らしハボックの為に道をあけた。
 地下の購買部でカウンターにコインを投げ出せば、年輩の女性が慣れた様子で煙草を二箱コインの隣に置く。何も言わずに取り上げたそれを、一つは隠しにねじ込みもう一つは早速開けて煙草を一本取り出した。歩きながら火を点けて煙を思い切り吸い込めば、ほんの少し苛立ちが収まる気がした。
階段を上がり廊下を歩いていたハボックは途中の扉から中庭へと出る。冷たい空気に首を竦めてぶらぶらと歩いていくと冬でも緑の葉を茂らす木の幹に寄りかかった。
「変な奴」
 ハボックはロイの顔を思い浮かべてそう呟く。ガス抜きだと言って視察に出るのも変だが、出た先で必要のない揉め事に首を突っ込むのも今まで見てきた上官にはいないタイプだった。
「いいパンチしてやがったな」
 街のチンピラとはいえ一撃で伸してしまったあの腕は大したものだ。そう思った時、軽々投げ飛ばされてしまった自分自身を思い出して、ハボックは思い切り顔を顰めた。
「くそったれ、覚えてろ」
 上官に対するものとしてはかなり物騒な言葉を、ハボックは煙と共に吐き出したのだった。


「ハボック、コーヒーを頼む」
 ガチャリと執務室の扉が開いたと思うと顔を出したロイが言う。ハボックは格闘していた書類から顔を上げると思い切り嫌そうに顔を顰めた。
「なんでオレが?」
「他に頼める奴がいない」
「自分で淹れりゃいいっしょ」
「執務室から1メートル以上離れると雷が落ちるんだ」
 ロイはそう言うと中に引っ込んでしまう。
「はあ?訳判んねぇよ」
 眉間に皺を寄せて言ってみたものの答えるべき相手はおらず、ハボックは思い切り舌打ちして乱暴な仕草で立ち上がった。
「コーヒーくらい自分で淹れろっての」
 ブツブツとそう言いながらもハボックは給湯室でコーヒーを淹れて戻ってくる。ノックもせずに執務室の扉を開けるとヅカヅカと中に入りロイの机の上にカップを置いた。
「ノックぐらいしろ」
「コーヒー持ってこいって言ったの、アンタっしょ」
 入ってくるのが判っているのだ、何故いちいちノックなんぞしなければいけないのだと言外に言うハボックに答えずロイはカップを手に取る。一口飲んでロイは驚いたようにハボックを見た。
「お前、コーヒー淹れるの、うまいな」
「そりゃどうも」
 素直な賛辞の言葉にハボックは肩を竦める。用事は済んだとそのまま出ていこうとする背中にロイは言った。
「明日からも毎日頼むよ」
「────冗談」
 肩越しに振り向いてボソリと一言吐き出してハボックは執務室を出ていく。ロイはもう一口コーヒーを飲むと満足げなため息をついた。
「これで美味しいクッキーを焼いてくれたら最高なんだが」
 焼かせてみたら意外と上手いかもしれない。ハボックが聞いたらそれこそ冗談じゃないと怒りそうな事を呟いて、ロイはコーヒーを味わっていたのだった。


「ハボック少尉、大佐を会議室にお連れして」
 時計を確認したホークアイがそう言いながらハボックにファイルを差し出す。不満そうに立ち上がりながらファイルに手を伸ばすハボックにホークアイが言った。
「言っておくけれどくれぐれも逃がさないように」
「は?」
 突然そんな風に言われてハボックは怪訝そうな顔をする。そうすればホークアイが執務室の方を見遣って答えた。
「逃亡癖があるの。会議が大嫌いなのよ。絶対に逃がさないで頂戴、いいわね」
「……アイ・マァム」
 鳶色の瞳のえも言われぬ迫力にハボックは思わず素直に頷く。ファイルを受け取ると執務室の扉をおざなりにノックして開いた。
「大佐、会議っスよ」
「────会議?」
「中尉が早く行けって言ってます」
 ほんの半日で見えてきた力関係にハボックはそう言ってみる。すると効果は覿面で、ロイは渋々ながら椅子から立ち上がった。
「お前が同行するんだったな」
「ええ、連れて行けって言われたっス」
 執務室から出ようとして扉のところに立つハボックを見ながらロイが言う。それに頷いてハボックはロイの後について執務室を後にした。そのまま連れだって司令室を出て廊下を歩いていく。あともう少しで目的の会議室というところで、ロイが不意に足を止めた。
「ああ、いかん、忘れ物をしてしまったよ。急いで取ってくるから先に行っててくれ、ハボック」
 ロイはそう言うとハボックの横をすり抜けて今きた道を戻ろうとする。だが、ハボックはそれを許さずロイの軍服の襟をグイと掴んだ。
「────何をする、ハボック」
「中尉に絶対逃がすなって言われたっスから」
「ハボック、それが上官に対する態度か?」
「アンタよりあのホークアイって中尉の方が怖いっしょ?」
 厳めしく眉を寄せて言うロイにハボックがきっぱりと言う。迷うことなく言い切るハボックに、ロイは小さく舌打ちした。
「野生の防衛本能か?流石に鼻が利くな」
 悔しそうにボソリと言うロイをハボックが冷めた目で見つめる。冷たい空色の視線に一つため息をつくと仕方なしに会議室に入っていくロイの後について、ハボックも会議室に入っていった。


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