初回衝撃(first impact)  第七章


「どうぞ」
「ありがとうございます」
 助けた女性のアパートに上がり込んで、ちゃっかりお茶などご馳走になっているロイを見下ろしてハボックは眉を顰める。勧められた茶を片手を振って断ろうとすれば、ロイがハボックを見上げて言った。
「せっかく淹れてくださったんだ。頂かないのは失礼だろう」
「……出会ったばかりの女性の家にズカズカ上がり込むのは失礼じゃないんスか?」
 普段、礼儀やら作法やらそんなものを煩く言われてばかりなのは棚に上げて、ハボックはそう言ってみる。だが、ロイと女性と二人にじっと見つめられて、ハボックはチッと舌打ちすると乱暴に椅子に腰を下ろした。テーブルの上のカップに手を伸ばしガブリと乱暴に飲む。水分を口にしてみて初めて喉が乾いていたことに気づいて、ハボックは茶を一気飲みするとガチャンとカップをソーサーに戻した。
「もう一杯いかが?」
「……うっス」
 にっこり笑って勧められ、ハボックはぶっきらぼうに答えてカップを押し出す。新しく注がれた茶を今度はゆっくり飲むハボックに、ロイは笑みを浮かべると女性に向き直った。
「ああいった事はしょっちゅうあるんですか?カレン」
 聞いたばかりの名を呼んで尋ねれば、カレンは顔を曇らせる。
「昼間はあまりなかったんですけど、最近この辺りを根城にしてる連中の中で色々あったみたいで」
「なるほど。以前より制御できてないと?」
「ええ」
 カレンの言葉にロイは少し考え込んだが、口に出しては他愛もない事を言った。
「美味しいお茶ですね」
「私の店で扱っているんです」
 褒める言葉に嬉しそうに答えるカレンにロイは大袈裟に驚いた顔をする。今度買いに行くからと店の名前を聞くと、ロイは飲み干したカップをソーサーに戻して立ち上がった。
「それじゃあ我々はそろそろ失礼します」
「助けてくださってありがとうございました、マスタング大佐」
 立ち上がるロイについて玄関に向かうハボックの二人を見送る為に、ついてきたカレンにロイは改めて茶をご馳走になった礼を言う。それからにっこりと笑って言葉を続けた。
「この辺りを島にしている連中のことは少し調べておきましょう。問題が判れば対処も出来ますしね」
「本当ですか?ありがとうございます!」
 やはり不安だったのだろう、ロイの言葉にカレンがパッと顔を輝かせる。それに頷くとロイは“ここで”と自分から玄関の扉を閉めてアパートの階段を降りた。そのままハボックと二人狭い路地を抜けて元来た場所へと戻る。置き去りにした車のところまで来ると、ハボックはロイを待たせて車に何か余計なものがついていないか、逆に部品が足りなくなっていないか見て回った。
「いいっスよ、大佐」
 ハボックはそう言いながら後部座席の扉を開ける。スルリとロイがシートに滑り込むのを確認して、ハボックは扉を閉めると運転席に回った。アクセルを踏み込み車を発進させる。少し走ってゴチャゴチャと混み合った地区から離れた頃、ハボックが口を開いた。
「アンタ、本気で調べる気なんてないんしょ?あんな事言って、あの女期待しちゃったっスよ」
 そうでなくても忙しい身の上のロイだ。正直あんなところを根城にする連中の内部抗争などに首を突っ込んでいる余裕などないはずで、ハボックは“可哀想に”と思ってもいないことをわざとらしく口にした。
「そうだな、調べてはあげたいが流石にそんな時間はないかな」
 そう言うロイをハボックはミラー越しにチラリと見る。
(意外とひでぇ事すんな、コイツ。いや、こっちが本性か?)
 ハボックが口には出さずそう思った時。
「そう言うわけだからお前が調べろ、ハボック」
 サラリと言う声が聞こえて、ハボックはミラーの中のロイをまじまじと見つめる。緩やかなカーブから対向車線にはみ出しそうになり対向車からクラクションを鳴らされて、ハボックはハッとしてハンドルを切ると車を端に寄せて停めた。
「なんでオレがっ?!」
「お前の方が暇だろう?」
「暇じゃねぇっスよ。中尉にアンタの行くとこ全部ついて回れとか言われたし」
「じゃあそれは勘弁してやる」
 そう返されてハボックは大きなため息をつくと振り返る。シートに腕をかけてロイを真正面から見つめて言った。
「オレの仕事は護衛っしょ?」
「フン、ちゃんと仕事をする気はあるんだな」
 そう言うロイをハボックが睨む。鋭い視線を受け止めていたロイは肩を竦めて言った。
「宛がわれた仕事以上の事はこなせないか」
「その手にはもう乗らないっスよ」
「意外と学習能力があるな」
 小馬鹿にしたような物言いにも、今度は“判った、やってやる”とは言わないハボックにロイが笑う。ハボックはフンと鼻を鳴らすと正面を向いてハンドルを握り直した。
「ハボック、今何時だ?」
「司令部出てから誤差二分で1時間48分」
 時計も見ずに即答で帰ってきた答えにロイは目を丸くする。金色の後頭部を穴が開くほど見つめたロイは、今更ながら聞いた時間にギョッとした。
「1時間48分っ?嘘だろうっ?」
「嘘だと思うなら自分で時間見ればいいっしょ」
 そう言われてロイは隠しから取り出した懐中時計を開く。時計の針が指す時刻を確認して、ロイは低く呻いた。
「1時間48分……ッ、どうしてもっと早く時間を教えないんだッ?!」
「聞かれなかったから」
「中尉との取り決めで視察は最長一時間半と決まってるんだぞっ」
「知らねぇし、そんなこと」
 知ったこっちゃないと冷たく返すハボックに、ロイは「あああ」と髪を掻き毟る。
「急げ、ハボック!全速力だッ!」
「大丈夫っスよ。余計なことに首突っ込んだ挙げ句、美人のアパートに上がり込んで茶飲んでたって証言してあげるっスから」
 鏡の中でニヤニヤと笑うハボックの顔をロイは思い切り睨みつけていたが、プイと視線を逸らして言った。
「急いで司令部に戻れ。中尉が角出して待ってる」
 ムスッと口をへの字に曲げるロイにフンと笑って、ハボックはアクセルを踏み込んだ。


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