初回衝撃(first impact)  第五章


「それで?どこに向かえばいいんスか?」
 外出の理由が視察だとは聞いたが目的地は聞いていない。車をゆっくりと走らせながらハボックが尋ねれば、ロイが楽しそうに答えた。
「ああ、今日はイーストシティの街の視察なんだ。ゆっくり走らせてくれたらいい」
 そう言えばミラー越しに僅かに眉を顰めて見せるハボックにロイが言う。
「まあ、実際のところ目的は三つ。一つ目は軍の責任者として自分が管轄する場所は常日頃から知っておく必要があるため。二つ目は、私とお前が人となりやら癖やら互いの事を知る機会を作るため」
 別にロイの人となりなどどうでもいいと思いはしたものの、ハボックはあえて言わずに置く。だが、三つあるはずの目的をそれ以上言おうとしないロイに、ハボックは首を傾げた。
「三つ目は?」
「ん?ああ」
 聞かれてロイはニヤリと笑う。
「三つ目が一番重要だ」
「なんスか?」
 気を引くようにわざわざ間を置く言い方をされればつい尋ねてしまい、ハボックは小さく舌打ちした。
「ガス抜きだよ」
「ガス抜き?」
 全く意味が判りませんとオウム返しに尋ねられてロイが頷く。
「私は立場上普段はあまり実戦の場に出るより会議だの儀礼的な会食だの膨大な書類のチェックだの、そういうどうでもいい仕事が多くてね」
「でしょうね」
 どうでもいい仕事と、聞くべき人が聞いたら怒りそうな言葉は聞き流してハボックは肩を竦めた。司令部のトップにいる人間が些末な事件にまでいちいち首を突っ込んでいたらキリがない。
「だが、私はそういう仕事は大嫌いなんだ。だから以前はしょっちゅう逃亡していた。当然だ、そうだろう?」
「……は?」
 妙な同意を求められてハボックは眉を顰める。だが、ロイは同意を得られない事も構わず続けた。
「ただ、そうなると中尉が機嫌が悪くてね。放っておいてくれればそのうち戻るのに、わざわざ探しに来ては余計な手間をかけさせるなと私に銃を向けて」
「…………」
 やれやれとため息をつくロイをハボックはミラー越し、奇異なものを見る目で見つめる。それに気づかずロイは身を乗り出して運転席の座席を掴んで続けた。
「そこで中尉と二人、取り決めをしたんだ。週に二回、街の視察に出かけるってね。視察の場所はどこでも構わない、それこそ映画館でも街のカフェでも」
 ニヤリと笑ってロイが言えば、ハボックは思わずブレーキを踏んで車を停める。そして体ごと振り向いて身を乗り出すロイを見つめた。
「アンタ、阿呆ですか?」
 どこの軍に映画館やらカフェやらに視察に出かけるトップがいるというのだろう。
「失礼なやつだな。いいじゃないか、ちゃんと私費で払ってるんだぞ」
 無駄な経費を計上してはいないと言うロイにハボックはげんなりとため息をつく。体を正面に戻してハンドルを取ると、気を取り直して言った。
「まあ、別にオレにとっちゃどうでもいいっスけど。で?今日はどこに行くんです?」
 アホらしいとは思うものの、ロイがそんな事をしているうちはイーストシティも平和だと言うことなのだろう。
「一緒にカフェでも行くか?」
「お断りします」
 それでもそう言われて即答で拒否の言葉を口にすればロイが楽しそうに笑った。
「まあいい、カフェは次にとっておこう。今日は西地区に行ってくれ」
「アイ・サー」
 前半は綺麗に聞き流して、ハボックはハンドルを切った。


 その後は会話もないまま車は静かにイーストシティの街を走っていく。低所得者が多く住むあまり治安のよくない界隈にさしかかった時、窓から外を眺めていたロイが口を開いた。
「停めてくれ、ハボック」
 ハボックは僅かに目を見開いたものの何も言わずに車を路肩に寄せる。そうすれば、ロイがいきなり扉を開いて車から降りるのを見て、慌てて車のキーを抜いた。
「ちょっと!大───」
 呼びかけようとしてハボックは言葉を飲み込む。軍服を着ているのだから身分もなにもすぐに判りはするものの、何も大声を出して注目を浴びることもなかった。
 ハボックはチッと舌打ちすると足早にロイの後を追う。すぐにロイに追いつくとその腕を掴んだ。
「アンタ、なに考えてるんスか?幾ら昼日中だって、軍服着てわざわざこんなところで降りるなんて」
 もう少し行けば貧困層の住む治安の悪い場所もある。軍事国家とはいえ軍に反感を持つ者も多く、腕に自信があったとしても用もないのに来るところではなかった。
「怖いのなら車で待っていてもいいぞ」
 だが、ニヤリと笑ったロイにそう言って見上げられればハボックはムッと顔を歪める。
「誰が怖いなんて言ったんスか?別に怖かねぇし、何かあってもアンタの一人くらいちゃんと守って護衛として最低限の事はしてみせますよ」
「そいつは心強い」
 吐き捨てるように言うのを聞いてロイがそう答えるのすら何だか馬鹿にされているようで、ハボックがますます顔を歪めた時。
「キャアアッッ!!」
 路地の奥から高い悲鳴が聞こえてきた。ハッとして足を止めたハボックの横でロイが声が聞こえてきた方へと走り出す。
「ちょっと!……ああもうッ!!なんなんだ、コイツ!!」
 思いも寄らぬ行動を取る上官を口汚く罵って、ハボックはロイの後を追って走っていった。


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