| 初回衝撃(first impact) 第四章 |
| ドスンと重い音が執務室の扉越し、床に響いてホークアイは書類から顔を上げる。少しして叩きつけるような勢いで開いた扉から怒りのオーラを身に纏って出てきたハボックを、ホークアイは表情を変えずに眺めた。 「くそっ」 ハボックは口の中で口汚く新しい上官を罵る。引いた自席の椅子に乱暴に腰を下ろすと、煙草の煙を量産するハボックをじっと見つめていたホークアイが口を開いた。 「なめてかかると痛い目を見るわよ。というより、もう見たのかしら?」 そう言われてハボックが弾かれたようにホークアイを見る。僅かに見開く空色を見返して、ホークアイは続けた。 「優男に見えるけどあの年で大佐の肩章をつけてるのは伊達でもなんでもないの。錬金術師を頭でっかちの科学者と馬鹿にしたらあの人の下ではやっていけないわ」 淡々とそう告げるホークアイをハボックは食い入るように見つめる。それだけ言って書類に目を戻すホークアイにハボックは尋ねた。 「ここに来る前はどこにいたんスか?」 「イシュヴァールよ」 「……アンタも?」 「ええ」 書類に目を落としたまま淡々と答えるホークアイをじっと見つめたハボックは、何も言わずに窓の外へと視線を移した。 「楽しいなぁ」 叩きつけるように閉じられた扉をロイは笑みを浮かべて眺める。床に叩きつけられて悔しそうに睨んでくる空色を思い出せば、楽しくて仕方なかった。 「あの調子ならしっかりやってくれそうだ」 あの気の強さならちょっとやそっとの事でへこたれることもないだろう。なにより退屈せずにすみそうだ。 「ふふ、当分楽しめるな」 ホークアイがいたら思い切り眉を顰めそうな事を呟いて、ロイは悪戯っ子の顔で笑った。 「視察に行くぞ、ハボック」 ガチャリと扉が開くと同時に聞こえた声に、ハボックは窓の外へと向けていた視線を声の主へと向ける。氷のような冷たい視線もものともせず、ロイはにこやかに言った。 「中尉に言われただろう?車を回してくれ」 とりあえず護衛としてロイのスケジュール全てに同行しろとホークアイが最初に言っていた事を思い出し、ハボックは乱暴な仕草で立ち上がる。何も言わずに司令室を出ていく背中が扉の向こうに消えると、ホークアイが言った。 「あまり最初から苛めないでください。早々に逃げられたらどうなさるおつもりですか?」 「私は別に苛めてなどいないよ。ちょっとばかり腕を試させてもらっただけだ。それに、アイツはそう簡単に逃げるようなタマじゃない」 そう言うロイをホークアイはじっと見つめる。ロイの黒曜石が楽しそうにキラキラと輝いているのを見て、小さくため息をついた。 「着任したばかりの護衛官に逃げられるような真似をしたら、きっちり責任をとって頂きますから」 「判っているともっ」 肝に銘じておけと告げてくる鳶色にロイは頷いて、逃げるように司令室を飛び出していった。 「マスタング大佐の新しい護衛官の方ですか」 正面玄関に車をつけてロイが出てくるのを待っていれば、可愛らしい女性事務官の二人連れに声をかけられてハボックは俯けていた顔を上げる。尋ねるようなハボックの視線に、女性たちは顔を見合わせて言った。 「この車はいつもマスタング大佐が使ってらっしゃる車なんです」 ねぇ、と頷きあって女性たちはハボックを見る。 「新しい護衛官が着任したなら、もうホークアイ中尉が四六時中大佐と一緒って事はないのよね」 「よかったぁ。ホークアイ中尉が一緒だとゆっくりおしゃべり出来ないんですもの」 そう言った女性たちはペチャクチャとロイの魅力を囀ったと思うと、一人が時計を見たのを機に言った。 「やだ、こんな時間。そろそろ行かないと」 「車があるからマスタング大佐がすぐ来るのかと思ったのに。酷いじゃないの」 「仕方ないわね。ちょっと、あなた、マスタング大佐にまたお食事誘ってくださいって伝えてね!」 「忘れないでよ!」 女性たちは自分たちが言いたいことだけ早口に言うと、ハボックの返事を待たずに小走りに建物の中へ戻っていく。その背を無表情に見送ったハボックは、次の瞬間盛大に顔を顰めた。 「なんだ、ありゃ」 まるで好きな歌手や俳優を追っかけ回すファンのような態度にハボックは呆れ果てる。そもそも自分は単なる護衛官でロイにくだらない伝言を伝える義理はなかった。 「大体アンタらなんて知らねぇっての」 名乗らずとも判るほど自分たちが有名だとでも思っているのだろうか。 「馬鹿じゃねぇの?」 ハボックがうんざりしたようにそう呟いた時。 「誰が馬鹿だって?」 正面玄関からの短いステップを降りてきたロイが言う。楽しげな笑みを浮かべた端正な顔立ちをじっと見つめたハボックは眉を寄せた。 「タラシの顔だな」 「え?」 「別に何でもありません」 キョトンとするロイにハボックは言い捨てて車の扉を開ける。じっと見つめてくる黒曜石にハボックはムッとして言った。 「乗らないんスか?」 「もしかして女性たちになにか言われたかな?」 にっこりと笑って言われてハボックは視線を外してため息をつくと、ロイを車の中に押し込む。運転席に乗り込み慌ただしくアクセルを踏み込んで言った。 「熱心なファンがいるみたいっスね」 「ああ……誰かな」 「凄く親しそうだったっスけど?名乗らずとも判るみたいな?」 嫌みったらしく言うハボックに、ロイは考える様子もなく肩を竦める。 「特に親しいつきあいの女性はいないんだが……食事や映画に行くのは別に親しくなくても行くだろう?」 そうだろう?とまるで悪びれる様子もなく小首を傾げるロイをミラー越しに見て。 「やっぱりタラシだ、コイツ」 ボソリと呟いたハボックだった。 |
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