初回衝撃(first impact)  第二十三章


 手の中のグラスを振れば酒に浮かんだ氷がカランと涼しげな音を立てる。ハボックは行儀悪く肘をついた手で持ったグラスから酒を啜るとフゥとため息をついた。
『お前、以前カレンの店で出されたお茶を飲んだとき、何か気にしていた事があったろう』
『あの時は思い出せんと言っていたが、よく考えてみるといい。何か判るかもしれんぞ?』
 昼間ロイと交わした会話が頭に浮かんでハボックは眉間に皺を寄せる。
「どういう意味だろう」
 ロイはなにを言いたかったのだろう。わざわざ後を追いかけてきてまで言いにきたのだ、何か大きな意味がある筈で、だがハボックにはどうしても判らなかった。
「つか、そんな昔に飲んだお茶の味なんて覚えてねぇっての」
 確かに「あれ?」と思った記憶はある。だが、それがどんな味だったかと言われたら、正直全く記憶になかった。
「大体何か判ってる事があるなら言えばいいじゃん」
 自分がおかしいと思っている事をロイもそう思っているなら素直に言えばいいのだ。
「思わせぶりにしやがって。気づかないオレが馬鹿だって言いたいのかよ」
 ハボックはそう呟いて手にしたグラスを呷る。ダンッとグラスをテーブルに置いて暫く考えていたが、やがてゆっくりと立ち上がるとテーブルに紙幣を数枚置いて店を出ていった。


「あら?」
 カランとドアベルの鳴る音に振り向いたカレンは、店に似つかわしくない大柄な男が入ってくるのを見て目を見開く。キョロキョロと店の中を見回した男が自分の方に顔を向けたのを見て、カレンはにっこりと笑みを浮かべた。
「ハボックさん」
「ちわっス」
 ハボックは軽く頭を下げるとカップやポットが並んだ棚を覗き込む。店の中を物色して歩くハボックに、カレンが不思議そうに言った。
「今日はどうかされたんですか?」
「え?」
 そんな風に言われてハボックが棚を覗き込んだ姿勢のまま腰を屈めて振り向く。キョトンとするハボックに、カレンが困ったように小首を傾げて言った。
「この辺りを根城にして麻薬を密売していた悪人たちは全員捕まえたってマスタングさんが報告にきてくださいましたけど、まだ他になにか?」
「別になにもないっスよ」
 カレンに聞かれてハボックは何でもないように答える。そのまままた棚のカップを手に取ったりして見ていれば、カレンがじっと見つめてくるのを感じて、ハボックはカップを棚に戻して背筋を伸ばした。
「今日はたまたま非番だったんで買い物に来ただけなんスけど、オレみたいのが買いにきたら迷惑だったっスか?」
「そんな事ないです!」
 ハボックの言葉をカレンは慌てて否定する。取り繕うような笑みを浮かべて、カレンは続けた。
「わざわざ来てくださって嬉しいです。今日はなにをお求めですか?」
 ニコニコと笑うカレンをハボックは胡散臭そうに見る。
「大佐じゃなくてすんませんね」
 ここに来たのがロイであればきっと大喜びで迎えたのだろうと肩を竦めて言うハボックに、慌てて何か言おうとするカレンを手を振って止めるとハボックは言った。
「普段使いのカップを割っちまったんスよ。なんにでも使えるようなカップが欲しいのと、あと茶葉を少し」
 そう聞いてカレンは棚の中から幾つかカップを取り出す。
「これとかこれならコーヒーや紅茶だけでなくちょっとしたお酒を淹れてもいいと思いますよ。どれもそんなに使い勝手は変わりませんから、デザインが好きなのを選んでくだされば」
 カレンがそう言ってテーブルに並べたカップを一つずつ手に取り見比べて、ハボックは青系のグラデーションのものを選ぶ。これ、と差し出されたカップを受け取ってレジカウンターに置いたカレンが茶葉の見本が入った棚に近づいて言った。
「茶葉はなににします?」
「この間飲ませて貰った奴」
「この間?」
 言われてカレンが判らないと言うように首を傾げる。笑みを浮かべたその顔をじっと見つめてハボックが言った。
「オレがこの店に最初に来た時、飲ませてくれた茶があったっしょ?結構旨かったなぁって。あれ、分けてくれない?」
「最初に来た時……」
 言われてカレンは考えるように眉間に皺を寄せる。それから思い当たったようにハッと目を見開いてハボックを見た。
「ああ、あの時のお茶」
「旨かったからもう一回飲みたいんだけど」
 カレンが思い出したようなのを見て取ってハボックが言う。Tシャツにジーンズを身につけ咥え煙草で見下ろしてくるハボックを見上げて、カレンはにっこりと笑った。
「あれは私オリジナルのブレンド茶なの」
「へぇ、そうなんスか?凄いっスね、あんな絶妙にブレンド出来るなんて」
「気に入ってくれたのなら嬉しいわ。待ってて、用意してくるから」
 カレンはそう言って店の奥に入っていく。暫く待てば出来上がった茶葉の包みを手に戻ってきた。
「はい、これ」
「カップと合計で幾らっスか?」
「ええと……3,200センズになります」
 そう聞いてハボックはポケットの中をガサガサと探り紙幣と小銭を取り出す。カウンターに置けば数を確認してカレンは金をレジにしまった。それからカップを割れないよう新聞紙で包み茶葉の包みと一緒に袋に入れる。
「ありがとうございます」
 という言葉と共に差し出された袋を受け取ったハボックは、グルリと店の中を見回した。
「じゃ」
「また来てくださいね」
 そう言うカレンの声を背中で聞いて、ハボックは店を後にした。


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